本堂の近く多宝塔の前に大きな奇岩がある 石山の名の出た石で硅灰石と呼ばれている 天然鉱石である 珍しく天然記念物となっている なるほど石の山か?びっくりするような奇岩で驚く 迫力満点である タモリに見せたい景色である 縁起によると天平19年良弁僧正によって開基されたとある 聖武天皇の時代だから奈良時代 平安遷都の前には存在していたのだ 琵琶湖につながる瀬田川の近く 山の麓にある大きな寺院 滋賀県では最古の木造建築物である
しかし 何といっても有名なのは紫式部が源氏物語の構想を練ったり書いたところであるということ 勿論ここだけで書いたわけではない 京都市内の紫式部の邸宅の蘆山寺も有名 何故こんな石山のような辺鄙なところでと思うかもしれない そういえばこの上流には宇治がありこの石山とは近い 当時の宇治は藤原道長時代 貴族の別荘が宇治に点在していたという 紫式部が光源氏亡き後の宇治十帖を書いたかどうかは不明であるが位置的には理解できる
紫式部や源氏物語については様々な人が研究しているので興味深い 平安時代中期の生まれという説 西暦でいえば970年頃 職業は作家・歌人・女房(女官)20歳上の藤原宣孝と結婚するも3年で死別 その後 源氏物語を書き始めたとある 時の権力者の藤原道長の眼にとまった 両親も文人である 都での生活を詳しく小説にしたのだろう 紫式部の少し前に生まれたのが清少納言 枕の草紙である 二人はそれぞれ皇后に仕えライバル関係にもあったと言われている
この石山寺は近江八景のひとつで「石山秋月」石山寺から見る秋の月は絶景だろう 近くには「瀬田の夕照」がある ついでに言えば「粟津の晴嵐」「三井の晩鐘」「唐崎の夜雨」「堅田の落雁」「比良の暮雪」が大津市にあり残りひとつが隣の草津市の「矢橋の帰帆」が近江八景である 近江八景と言っても今は知らない人が多い 落語にもあるが演じる人は七代目松喬さんくらいである