2024年3月20日水曜日

秋山幸造先生一周忌

 2023年3月4日に秋山幸造先生がご逝去された 3月で1年になる 訃報は娘さんから昨年四十九日の法要が終わってから頂いた 大正14年8月生まれだから97歳だった 小学校3年生の時に右目を失明 この失明が人生を大きく変えたとある 先生から頂いた「自分史 ハードルを越えて」にはその生々しい記録がある 

大正14年 秋山家の四男として生まれる 敬愛幼稚園から鶴屋町尋常小学校 高松一中(5年制)へ 失明ということで第一志望の高松中学には入学できず 昭和17年高松高商に入学 昭和19年に赤紙で満州に学徒出陣 昭和20年に敗戦 高松高商は9月末で卒業となっていた 東京高商(一橋大学)への進学を希望するも家庭の事情で断念

昭和22年3月に屋島学校に奉職 昭和23年10月に高松第二高校 昭和24年4月に光洋中学を経て高松第一高等学校には昭和27年4月から昭和62年3月まで35年間勤務 英語の他に数学 商業 社会科などを担当したが一高では英語のみ

我々が入学した昭和37年度からは39年度まで持ち上がり担任 この時期だけが持ち上がりだった 我々の世代は不思議に「縁」があったと思う だから先生にとっても気合が入っていたのだろう

先生には生涯の恩師がいる 高松一中時代の宮崎秀一先生 なんとあの宮崎先生の親戚筋 森崎隆先生(京都帝大 英文科) そして岡崎隆先生(東京帝大 英文科) 岡崎先生は同じクラスだった「きよ」さんの父である 特に岡崎先生のことは良くお聞きしたことを覚えている 昭和38年にご逝去されたのは秋山先生にとって大きなショックだったと思う


2024年3月19日火曜日

最後の大阪クラス会

4年ぶりに開かれた3年4組の大阪でのクラス会 実に49年続いたこの会も今回でお開きとなった 勇さんの話によると昭和50年が第1回とか 勇さんや弘幸さんが声を掛けた

その頃は大阪に10数名はいたと思う 亡くなられた泰輔さん 千恵子さん 今日欠席だった恵さん 惟彦さん 和生さん 美子さん 一子さんを入れれば最大15名 最近では他のクラスの方も呼んで会を開いた 最初の頃は1月15日成人の日に曽根崎の喫茶「アメリカン」に12時に集合 そこから居酒屋に乗り込んだ 何故か一度だけ北新地に行ったことがあるのを覚えている

最近は「がんこ」が会場となり時間もお正月の第2土曜日となり幹事も持ち回りになった 最後の会は常連の8名と高松から女子1名 10組から女子1名の計10名となった 和生さん 惟彦さん 恵さんが体調不良で欠席 出席者の中にも様々な病を持っておりようやっと生きている感じ 互いの病名を披露し治療法を伝授しました

女性は皆元気 長生きは常識 何故か 岡山大学名誉教授である辻孝夫先生の「めざせ! いきいき100歳人」によれば ①男性より女性の方が抗体ができやすく強い抗体ができる ②女性ホルモン(エストロゲン)が抗体をつくる働きを強める ③女性の方がB細胞の活性が強い ④性別による寿命差に免疫機構が大きく関与 ⑤T細胞系免疫にかかわる胸腺の機能低下は男性の方が早い ⑥ナチュラルキラー細胞の活性は女性の方が強い が免疫学的に明らかになっている事実だそうです(②と④はまだ良く分かってないが)