2021年9月16日木曜日

和歌山市は55万石の城下町



久しぶりに和歌山市に行った 久しぶりといっても40年ぶりかな JR和歌山駅前の和歌山県信連に挨拶に行っただけ そのまま帰った 今回はそんな用もなくのんびりと市内を回った 特に「和歌山城」と「ぶらくり丁」をじっくり見たかった

近くの南海電車に乗って和歌山市駅に向かう 時刻表を見て驚いた 和歌山への特急「さざん」はあるが、急行は1日に2本 今は関西空港行きの急行に乗り泉佐野で普通電車に乗り換えることになる 泉佐野から関空行きはたくさん出ている 泉佐野から和歌山市駅までは13駅あるが大体30分少しかかる 途中 みさき公園 紀の川があり昔は多奈川線とか加太線が接続していた 多奈川線は廃線となり紀の川線は紀の川始発でなく今は和歌山市から加太まで走っている 加太線と名称が変わっている また和歌山大学前(ふじと台)が新しく出来てニュータウンと大学の駅となっているのには驚いた

さて 天下茶屋駅から急行と普通に乗ってのんびりと和歌山市駅に到着 人口34万人の県庁所在地はひっそりしていた 案内板もない なんだこの町は お城がどこにあるのか「でんでんわからん」と和歌山弁で言いたくなった 和歌山のひとは『ざ・じ・ず・ぜ・ぞ』が『だ・ぢ・づ・で・ど』になる だからぜんぜんはでんでんとなる 「ざぶとん」は「だぶとん」になる

和歌山城は築城当初から徳川家であったわけではない 1619年に関ヶ原の戦いで勝った家康の十男の順宣を入国させて御三家紀州藩が成立 そもそもは1585年秀吉の弟秀長が虎伏山の峰に創建したのが始まりである 当時はお城の周りは野原で何もなかったとガイドの方は話してくれた このガイドさん天守閣から見える和歌山の今昔を詳しく説明してくれた 結構おおきな立派な建物が並んでいる 海岸付近にはかっての住友金属の高炉がある また遠くは徳島が見えるという 松下幸之助 有吉佐和子 陸奥宗光 西本幸雄 などが和歌山の著名人 最近の話題では夏の甲子園で優勝した智辯和歌山高校が市の郊外の紀三井寺近くにある 

この紀州からは5代将軍の吉宗と14代将軍慶福(家茂)が出ている 吉宗はご存知「暴れん坊将軍 家茂は若くして将軍になったが尊王攘夷の時代 不運が続いた そして慶喜に代わった 慶喜は最後の将軍である もっとも家茂は紀州ではなく江戸住まいだったので紀州とは縁があまりない

帰りに「ぶらくり丁」を覗いて見た なんとシャッター通りとなっている 立派なアーケードが残っている 同じ商店街でも高松に比べれば活況は雲泥の差である 高松の商店街の皆さんが頑張ったからだと思う 時代の栄枯衰退を強く感じた和歌山であった

 

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