2026年9月20日日曜日

久しぶりの六角堂  9月






京都市中京区六角通東洞院にある六角堂は正式には「紫雲山頂法寺」と言われている     「紫雲山」?どこかで聞いた懐かしい名前だ 聖徳太子が587年に創建 屋根が六角になっているので通称「六角堂」 法隆寺の夢殿は「八角堂」 

聖徳太子は577年生まれ622年没だから勘定は合うが587年に創建はちょつと?10歳の時の建物?飛鳥時代に京都まで行ったのだろうか?

京の通りを覚えるのに「丸竹夷に二押御池 姉三六角蛸錦 四綾仏高松万五条」は御所から南に下がった通りの名称を歌にしたものである 大学時代に覚えたが今でも覚えているから自分でも偉い 六角通は三条の南である 近年は三条通りや六角通にも若い人や外国人が闊歩している

さてこの六角堂は今はビルの間に存在 お堂の裏には人口の池があり白鳥がいる この池がなんと池坊 すなわち華道の発祥の地である もともと仏花が華道のルーツとか この池のほとりに僧侶の宿坊があり「池坊」と呼ばれていた 六角堂では葬儀などで仏前に花が飾られていた 僧侶が花を用意し工夫していたのが華道に発展した 室町時代に始まる だからお正月などの池坊の儀式はここの裏にあるビルで行われている

京都のど真ん中にある由緒ある六角堂 参拝者は絶えない 無料というのもありがたい
 

2026年9月16日水曜日

高松市内散策 城の眼でクラス会




9月9日に「城の眼」でミニクラス会が開かれた 男2女2名計4名が集まった もう少し集まるのかと思ったが・・・皆さん用事があったようで この歳になると家族の世話 病院通いなど色々ある 仮に全員来たら9名になるのか?

「城の眼」は美術館通りにある名店である 何が名店かと言えばあの香川県庁などを設計した世界的建築家丹下健三(愛媛県出身)さんの仕事に学んだ香川県出身の建築家の山本忠司(ちゅうじ)氏が設計を担当 室内デザインや庵治石のレリーフ 音響・音楽選定までを各々の芸術家が手掛けた他にはない名建築 1962年・昭和37年の竣工だから私が中学3年生の時か高校1年生の時にに完成したもの

オーナーは高校時代の同級生 お兄様が経営していたものを引き継いで経営しているのも嬉しいことである

実は父が県庁に勤務していたのでその時の同僚である なんとオリンピック(フィンランド)にも三段跳びで出場したアスリートである 京都工芸繊維大学卒 私もお話ししたことがあるが大きい方である イサム・ノグチのアトリエも設計 確か高松大学の体育館も設計

4名は約1時間半くらいお喋りをした コーヒー代500円 安くついたクラス会 ライオン通り 三越と郵便局 宮脇書店 卒業生の小西マサテル氏の本を紹介していたのは嬉しい

少し街がさびれてきている感じがしたのは私だけだろうか?
 

2026年9月12日土曜日

香川のお昼は「うどん」



久しぶりに高松に帰る 9月9日 重陽の節句 この日は松山からバスで高松入りした 途中 新居浜辺りから猛烈な雨 善通寺・丸亀・坂出あたりから強くなり 警報も出ていた しかし高松に入ると小降り 今日は綾上町の菩提寺に寄って納骨堂でお参り 高校の2年下の後輩が住職さん 親の跡を継ぐため大手製薬会社を退職した 久しぶりにお話し出来た

丁度12時 お寺の近くの「セルフ 山田うどん」に向う どんどんお客さんが入ってくる 釜玉の冷たいの と ちらし寿司で520円 おでんもあったが遠慮

琴電で市内に向かう 先ほどの大雨の影響で線路が冠水したためダイヤは乱れている 片原町で降りる 6分遅れ アーケードを西へ西へ 三友堂 ステーキの千萬は移転して綺麗になった くつわ堂 そして三越 三越は地下を回ったが閑散としていた サンマが1100円で売られていた 高いと思うが・・・

それにしても高松は中央通りの人通りは少ない 殆ど人が歩いていないのに驚く そのことは県外の人からも指摘されたことがある 「高松は寂しい街だね 活気がない」 どこに人は居るのか?みんなアーケードを歩いているのだ ただ高松駅の周りは大勢の人がいる これは「オルネ」のおかげ?昔は高松駅には人が少なかったが今は多くなった

夕方18時発のバスで大阪へ その前に駅前のビルの3階にある「モリ家」さんに ここは一高の卒業生が店長のお店 ここは県内でも行列が出来る評判のお店 幸い時間が良かったのか空席があった 一番安いかけうどん580円 私はかき揚げうどんを注文1000円だったかな もの凄い大きいかき揚げでビックリ ボリューム満点だった 

バス停の近くのうどんやはかなりの行列が出来ていた JRの経営の「めりけんや」かな?うどんは安くて美味しい