2021年10月17日日曜日

桜紫会会報 第66号届く


第66号の会報では新校舎竣工の様子が紹介されていた 9月に竣工したのは校舎棟である 今後体育館棟が建設される 3年先にすべての工事が完成する 体育館棟には新同窓会会館が出来るとのこと 待ち遠しい 寄付金の最終のお願いが同封されていた すでに1万円を寄付しているが 追加は? 目標は1億円だったか 半分の5千万円は超えているようだが 苦戦している 新型コロナの最中でありなかなか難しかったかもしれない

さて、会報の中身はどうか 田村先生との思い出トークの後半が掲載されている ただ全然知らない先生だけに親しみがわかないのが残念である ただフォークダンスとかは共感できる部分がある 秋山先生の自伝にも書いてあったが県の教育委員会の「一高に対する進路指導に対する妨害」はここにも書かれていた 逆にいえば高松西高への贔屓であった それらの試練を乗り越えて今の一高があるのである そのあたりは教員の皆様が頑張っていたことがうれしい

今春の進学状況も掲載されている 国立172人 公立40人 私立466人 計658人となっている もちろん浪人と現役を合わせた数字だが なかなか立派な成績である 香川大 岡山大 広島大と続く 超難関の東大 京大各1名 阪大5名である


 

2021年9月20日月曜日

高松城は12万石


和歌山城つなぎで高松城や石高のことを調べてみた 江戸時代の石高は江戸城が800万石でトップ 続いて金沢城の102万石 鹿児島城の77万石 仙台城の62万石 名古屋城の61万石 次は和歌山城の55万石 熊本城が54万石 福岡城の52万石 広島城の42万石 ここまでがベスト10 和歌山城は全国7位である 天守閣もお濠も立派である

四国では徳島城が18位の26万石 高知城は19位の24万石 松江城は28位の15万石 高松城は32位の12万石 宇和島城は38位の10万石 丸亀城は64位の5万1千石となる 他に四国には今治城3万5千石 石高不明の大洲城がある

日本の名城のガイドによると 高松城は豊臣秀吉が1587年生駒親正に讃岐一国を与えたのが始まり 1588年当時「野原」と呼ばれた瀬戸内海に面した港町に新城の建設を開始し3年後の1590年に完成させ同時に地名を高松と改めた 城は北方が瀬戸内海に面し三重の堀に囲まれた海城 内堀には島のように本丸や二の丸三の丸が配置された 外曲輪外側には海水を引き込んだ広い堀を巡らし東西には舟入(船着場)も造られた 築城時の天守は三重の望楼型天守であったが松平頼重により解体され1670年小倉城天守を模した三重四階地下一階で最上階を三階よりも張り出させた南蛮造(唐造)の天守として再建された 合わせて城の大改修が行われ三重の堀には全て海水が引き込まれた その後松平氏は220年以上11代にわたり居城として幕末を迎えた。城跡には月見櫓と艮櫓が残っている とのことである 

高松城は徳川家から見た特別な家格の八家のひとつである 八家とは 1、尾張名古屋城/徳川家 2、紀伊和歌山城/徳川家 3、常陸水戸城/徳川家 4、会津若松城/松平家 5、讃岐高松城/松平家 6、近江彦根城/井伊家 7、伊予松山城/久松家 8、伊勢桑名城/久松家

その高松城の再建が話題にあがっている 復元が出来るのか本当に待ち遠しい その時は高松城下町のこともPRして欲しい 地図を見ると昔住んでいた今橋 松島付近は郊外として地名が残っている 城の外れである


2021年9月16日木曜日

和歌山市は55万石の城下町



久しぶりに和歌山市に行った 久しぶりといっても40年ぶりかな JR和歌山駅前の和歌山県信連に挨拶に行っただけ そのまま帰った 今回はそんな用もなくのんびりと市内を回った 特に「和歌山城」と「ぶらくり丁」をじっくり見たかった

近くの南海電車に乗って和歌山市駅に向かう 時刻表を見て驚いた 和歌山への特急「さざん」はあるが、急行は1日に2本 今は関西空港行きの急行に乗り泉佐野で普通電車に乗り換えることになる 泉佐野から関空行きはたくさん出ている 泉佐野から和歌山市駅までは13駅あるが大体30分少しかかる 途中 みさき公園 紀の川があり昔は多奈川線とか加太線が接続していた 多奈川線は廃線となり紀の川線は紀の川始発でなく今は和歌山市から加太まで走っている 加太線と名称が変わっている また和歌山大学前(ふじと台)が新しく出来てニュータウンと大学の駅となっているのには驚いた

さて 天下茶屋駅から急行と普通に乗ってのんびりと和歌山市駅に到着 人口34万人の県庁所在地はひっそりしていた 案内板もない なんだこの町は お城がどこにあるのか「でんでんわからん」と和歌山弁で言いたくなった 和歌山のひとは『ざ・じ・ず・ぜ・ぞ』が『だ・ぢ・づ・で・ど』になる だからぜんぜんはでんでんとなる 「ざぶとん」は「だぶとん」になる

和歌山城は築城当初から徳川家であったわけではない 1619年に関ヶ原の戦いで勝った家康の十男の順宣を入国させて御三家紀州藩が成立 そもそもは1585年秀吉の弟秀長が虎伏山の峰に創建したのが始まりである 当時はお城の周りは野原で何もなかったとガイドの方は話してくれた このガイドさん天守閣から見える和歌山の今昔を詳しく説明してくれた 結構おおきな立派な建物が並んでいる 海岸付近にはかっての住友金属の高炉がある また遠くは徳島が見えるという 松下幸之助 有吉佐和子 陸奥宗光 西本幸雄 などが和歌山の著名人 最近の話題では夏の甲子園で優勝した智辯和歌山高校が市の郊外の紀三井寺近くにある 

この紀州からは5代将軍の吉宗と14代将軍慶福(家茂)が出ている 吉宗はご存知「暴れん坊将軍 家茂は若くして将軍になったが尊王攘夷の時代 不運が続いた そして慶喜に代わった 慶喜は最後の将軍である もっとも家茂は紀州ではなく江戸住まいだったので紀州とは縁があまりない

帰りに「ぶらくり丁」を覗いて見た なんとシャッター通りとなっている 立派なアーケードが残っている 同じ商店街でも高松に比べれば活況は雲泥の差である 高松の商店街の皆さんが頑張ったからだと思う 時代の栄枯衰退を強く感じた和歌山であった

 

2021年8月12日木曜日

関西桜紫会会報 第21号届く



関東に続き関西からも会報が届いた コロナの影響で9月の総会は来年に延びるとのこと 致し方ない ここ数年はご無沙汰しているので様子は分からないが大体100名は集まる大きな会である 私より先輩が三分の二 後輩は三分の一くらい 会費が1万円というのも若い方には痛いかもしれない

紙面は新しい校舎の様子を紹介している いわゆる第1期工事が終わり、後は体育館などの建設になる 楽しみである 2学期からは新校舎での授業が始まる 私も寄付をした 何かの足しになっただろうか 新校舎を早く見たいものだ 昨年6月に予定していた高松での同期会も来年あたりには開催するようなので是非行きたいと思う
世間はオリンピックも終わり次は高校野球が開幕した 高松商業は作新学院と第6日目に戦う しかし作新学院の方でコロナ感染者が出ているので実際に試合があるかどうかは不明だ 

高松商業は大正・昭和・平成で勝利しているので今回令和で勝つと4時代制覇ということになる 高松商業はオリンピックのハンドボールにも2人の女子選手が出場 やはり素晴らしい伝統校である 高校まで高商に隣接するところで暮らしていたので嬉しい 今はあの辺りはどうなっているのだろうか 

高松商業のHPを見ると、スッキリしている 母校と比べてみると高商の方がいいと思う 昨年2020年に120周年を迎えた 伝統校である 定時制も併設している 学生数は937人 卒業生は35,946人 進学校ではないので大学進学は少ないがそれでも国公立が30人 私立が225人の合格者を出している 延べ人数だから実際の進学者は分からないが頑張っている これからもますますの発展を期待したい
 

2021年7月23日金曜日

貴船から今宮そして船岡山へ





京阪電車の回数券の期限が迫っていたので淀屋橋から出町柳へ 出町柳から叡電に乗り換え  る 貴船・鞍馬方面は昨年の大きな土砂崩れで貴船口付近で運転見合わせになっておりまだ未開通 もう1年位かかっている 貴船神社には市原から臨時バスが出ている 面倒なのでどうしょうかと思ったがこういう機会も珍しいので貴船に行ってみることにした たしか貴船神社は確か初めて 市原でバスに乗り貴船口で乗り換えて貴船神社に着いた 長い緩やかな階段を上り本殿に 七夕飾りが見事 ここは水の神様である 川床の下を貴船川が勢いよく流れている 川床での食事は涼感を呼ぶ ひろや 右源太・左源太が有名だが他にも数軒並んで客の呼び込みをしている 平均おひとり様1万円 ちょっと贅沢

貴船神社を後にして紫野今宮神社へ向かう バス・地下鉄と結構遠い ここは「あぶり餅」の名店が二つ並んでいる 炭であぶって焦げ目がついて甘いたれがのっている 一人前500円 「かざりや」と「一和」「一和」は1000年前からあるお店らしい 今宮神社は創建994年 平安遷都が794年であるが創建前から社はあったといわれる 東門の前にタイムスリップしたお店のたたずまいが残っている 好きな場所だ

今宮さんから南に行くと船岡山がある ここは建勲神社が中腹に鎮座する 112mの小高い山に登ると市内が一望できる 豊臣秀吉の頃より信長公の霊地として自然がそのまま残されている 

京都市内には他に吉田山とか双ヶ丘という小さい山がある がまだ双ヶ丘には行ったことがない この山は京都が都だったころ重要な役割を占めていた 平安京の朱雀大路の北の起点が船岡山 今の御所より西側が平安京の位置だった また応仁の乱の西軍の陣地になったのが船岡山 西軍の陣地ということでこの辺りが西陣と呼ばれるようになった

今日はよく歩いた コロナ退散を祈ってきたが明日から足が痛くなるかもしれないなあ

 

2021年7月22日木曜日

関東桜紫会会報 第21号届く

後輩の関東桜紫会の幹部の方から会報を贈って頂いた ありがたい 隅から隅まで読んだ この21号は創立25周年記念号 1996(平成8)年2月17日が創立 この日に第1回目の同窓会が開催された その頃私はまだ四国に勤務していた この年の9月に大阪に転勤 1999(平成11)年4月に東京勤務となった 3年8か月後の2002(平成14)年11月に退職して大阪に 東京には1988(昭和62)年11月から1991(平成3)年2月までの3年4か月間在住していたので東京での生活は通算7年だった

1999(平成11)年4月以降に関東桜紫会の集まりには参加した 何回目だったのだろうか 3回か4回目だったと思う 2001(平成13)年10月の京王プラザは秋山先生が来賓だったので大勢で参加したのを覚えている 竹内肇先生も来られていた 東京は華やかで垢抜けしているなという印象だった

この日の記事をみてみよう 同期7名(昌宏さん、博之さん、広美さん、弘文さん、一郎さん、東京在住の学年幹事の女性、私)と秋山先生のお嬢さん1名 計8名が参加 元判事の康雄さんは秋山先生にだけ会って帰った

秋山先生が関東桜紫会に来られた 2001(平成13)年10月 新宿の京王プラザホテル この日は竹内肇先生も来賓でした 竹内先生は音楽分野で有名な先生 愛弟子がわんさかいる また美しい女性が多い 日本を代表する音楽家・声楽家を育てた先生である 我々の時はおられたかな 記憶はない 昭和5年生まれの先生である
さて 秋山先生このとき76歳 凛としている 司会は小林大作さん 元アナウンサーである 他にも有名なソリストが登場する さすがである 華やかであり音楽が入るので実に楽しい また中西太先輩も来ている 私は小学校・中学校・高校と後輩なのでそのことを太さんに話したら おおそうか大後輩だなあと言って喜んで頂いた そういえば太さんが故郷に帰ってくるときなどは自宅まで見に行ったものだ 

この日の他 関東桜紫会には2001(平成13)年6月(何回か不明)の青山ダイヤモンドホール 2014(平成26)年11月(第12回)の表参道のどこか? 計3回出席していることになる 確か2年毎に開催しており昨年開催予定の15回は来年度以降の開催を目指すとか なお会報21号には同期の博之さんがゴルフ会で大活躍している記事が出ていた また建設中だった新校舎は7月に完成 その後、体育館などの建設が始まり2年後に完成する運び




2021年6月25日金曜日

第105回日本陸上競技選手権大会



6月24日から4日間 ヤンマースタジアム長居で開かれる選手権 ここで東京五輪の100メートルの代表が選ばれる 自転車で約5分の長居に出掛けた 隣のヤンマーフィールド長居(サブトラック)に続々と選手が会場にやって来る 東京学芸大学のゼッケンをつけた女子学生3人を見つけた 背が高い なんの種目だろうか 昔昔 東横線の学芸大学前に住んでいたことがあったので懐かしい 今 学芸大学は移転しているようだ 地味だが教員養成の国立大学である 
さて男子100メートル 準決勝までは順調 25日の決勝は手に汗握った 直前の大雨でトラックは光っている さあどうなるか そして優勝したのは多田修平君 ロケットスタートといい中盤も良し ラストも良し タイムは10秒15 多田君の持ちタイムらしいレースだった 大きな大会での優勝は初めてではないか 本人もそのようなことは言っていた 2位はデーデー・ブルーノ選手 そして3位には山縣亮太君 ここまでが3位の内定だった しかし2位のデーデー・ブルーノ選手は標準記録を突破していなので内定はなし 残念ながら小池君は4位 桐生君は5位だった アキレス腱の痛みがあったという 基準がなにかややこしいがどうも小池君が内定候補のようだ 桐生君はどうなるのか また日本がお得意にしている400メートルリレーには選ばれないのか 
田中希実さんも1500メートルで頑張った しかし標準記録に4秒届かなかった 最初から飛ばして行った しかし最後の鐘がなってからペースダウン 2位の卜部選手(東京学芸大学卒)が猛烈な追い込みをかけた 本人は優勝したがタイムが不満だった 彼女は5000メートルに既に内定している たぶん1500も選ばれると思う
多田君は関西学院大学卒 田中さんは同志社大学4回生である 二人とも夢の五輪 是非力を発揮して欲しいと思う