2016年8月21日日曜日

関西桜紫会の今


関西桜紫会の会報第16号が送られてきた 9月24日に大阪駅のホテルグランヴィアで「総会・懇親会」が開催される 24日は予定が入っているので行けない 残念 毎年100名近くの卒業生が集まる賑やかな会 毎年開催されるので直ぐにくる 東京は1年半に1回 大阪の方が頻繁だ 昨年は40年卒は3名が出席 会長の隆教さんは11組 4組からは正輝さん 和生さん 会長を輩出している年度だからもっと出ないといけないのだが 正輝さんは大学を出て大手製薬会社に就職した 関西を中心に活躍 今は定年退職者だから毎日充実した生活を送っているという 何しろ腹筋で毎日鍛えているから体は柔らかい 実にうらやましい 一方 和生さんは関西の地方銀行に就職 その間猛勉強で税理士の資格を取り銀行での存在感を示した つい先日70歳を迎えて勇退したとか聴いた お疲れさま これからは税理士に専念するという これも実にうらやましい 会長の隆教さんは「塩江の神童」と言われて久しい 彼のDNAはご子息に引き継がれて開花している 実は私が大阪に居たときに11組の光旦さんから関西桜紫会の幹事を頼まれ一時幹事会に出ていたが この私も東京に転勤となり隆教さんに引き継いだ 彼はその後幹事長を経て現在は会長に就任 人柄がいいので慕われている 隆教さんに頼んで良かったと思う
関西桜紫会には行けないけど11月19日の高松での桜紫会には行く予定 中西太大先輩の講演を楽しみにしている 夜は哲さんがフランス料理を段取りしているようで楽しみだ
さて、オリンピックのバトミントン 「タカ・マツ」ペアが金メダルを取ったということで高松市長は大喜びとの新聞報道 一方で高松市民病院が大赤字であるという記事 明暗の記事を拝見した 一高の改築にもお金がかかるので遅れがないように祈念する

2016年8月20日土曜日

8月19日 秋山先生91歳


秋山幸造先生の誕生日は8月19日 今年御年91歳 おめでとうございます 先生の年齢は昭和と共に歩んでいる だから覚えやすいと言われていた この写真は昭和40年か39年頃のもの 夏衣装と思われる だから40歳か39歳のときのもの 英語科の先生の集合写真 やはり若い 若いが先生より先輩は2名しかいない 先生は英語科では年長3人目となっている
女性の先生が3名 左から入江晴栄先生 真ん中が富田照子先生 右が楢崎秀子先生である 入江先生は覚えている 他に覚えているのは吉原崇雄くらいかな
英語といえば赤尾の豆単とかクラウンの辞書とかを思い出す 成績はあまり芳しくなかった どちらかと云えば苦手 大学1年のときに英会話を選択 ネイティブの先生の授業は楽しかったのだが それ以降特に成長がないのは悲しい
そこで今年1月に英検3級にチャレンジしたのだがわずかの差で不合格だった あと2つ正解であれば・・・惜しい 特にヒアリングが駄目だった 周りは中学生・高校生の中で爺さんがひとり受験 久しぶりに勉強した 英検3級は中学3年生程度と言われている 再挑戦するかどうか迷っているところである


2016年8月16日火曜日

1964年東京オリンピック 聖火ランナー




連日 Rio2016オリンピックが行われている 日本も頑張って金メダル7個とか まだレスリングも金が期待できるので増えるだろうと思う 確か明石のタコの予想は金8個だったがそれを超えるかどうか もっとも銅も金と同じだという冗談もあるが(銅は金の横に同と書くのでそういうのだが)
さて 我々が3年生の時に東京五輪が開催された 1964(昭和39)年10月10日開幕この時の金は16 銀は5個 銅は8 アメリカ・ソ連に次いで3位だった 
ところで同級生も聖火ランナーで走った 親友の今は亡き俊文君も写真に載っている かれはハンドボールの主将 おや史郎君も載っているではないか 彼は剣道部の主将?なんだか主将が選ばれような気がするのだが
この五輪で印象にあるのはエチオピアのアベベのマラソン2連覇である ローマでは靴が壊れて裸足で走って金メダル それ以来「裸足のアベベ」と言われていた さすが東京では裸足でなかったが金メダル 実は東京の翌年の1965年5月にアベベがびわ湖毎日マラソンに大津に招待選手で来た時に観に行った もちろん靴は履いていたし優勝した ゴール前でたいへん感激したことを思い出した
テレビを観て感じることは卓球もバトミントンもラリーが面白い 結構激しいスポーツであることが分かった 愛ちゃんには是非メダルを取って欲しいと願う

2016年8月4日木曜日

小さい秋 見い つけた


通勤途上で毬栗を見つけた 毎年8月上旬に落ちている 今年も3日に発見 もう秋だなと感じる 京都にこんな歌がある 比叡の山に冬が来て 都をどりで春が来て 近江舞子に夏が来て あなたと私に秋(飽き)が来た 詠み人知らず 
栗と言えば我が栗林公園 ところが栗林公園には数本しかないらしい 松ばかりだ 看板に偽りありとか文句を言う人はいないのでいいが残念である 高松には八栗という名所もあるが栗はあるのかないのか よく分からない 四国で栗と言えば伊予市の中山の栗 全国一とか 確かに大きさ 味 自慢するだけある 大阪でも「中山の栗」で販売されているのを見た 信州では小布施の栗が有名 栗で町おこし おやきという美味しいものもある 町全体が栗だらけとか まだ行ったことはないので行ってみたい 親しくしてもらっている弁護士さんが近くの長野県須坂の出身でおやきを贈って頂いたことがある 
もう9月・10月・11月の予定が入ってきた 正月はもうすぐなのだ 行きたいところをメモしておかないと忘れてしまいそう まだ行ったことがないのは北から青森・岩手・秋田・山形・富山・鹿児島かな 海外では行ったことがあるのは香港・韓国だけと寂しい まず日本を制覇してからと思っているのだが

2016年7月29日金曜日

大阪夏の陣


先日 大阪城・道頓堀クルーズに行ってきました 約50分の船旅 途中に運河もあり この原理はパナマ運河と同じだとアナウンスしていた 何か得した感じになった 出発の大阪城の船着場から天満橋へ 大阪城が見える 真田幸村も昔はこの川を戦略的に使ったのだろうか 天神橋を過ぎると東横堀川へ ここに水門がある 運河だ 2つの水門で水位を保っているとのこと なるほど水門が開くと川の水が増える ここを過ぎると道頓堀川 繁華街のど真ん中 左右にお店が並んでいる 大勢の人が歩いている 戎橋を通過して終点は湊町リバープレイスに到着 難波には近い このクルーズは予約しないと乗れないくらいの人気 初めて乗船した
先日テレビを見ていたら水質日本一の川が四国高知の「仁淀川」と紹介していた なんや「四万十川」ではないの と思っていた 清流のイメージは四万十川だが 仁淀川の上流の方がよほど綺麗らしい 四万十川には行ったことがあるが 仁淀川にも行ってみたい  
一方 大阪の川は汚れている この道頓堀は水深4メートル しかし半分はヘドロらしい ここを巨大プールにしようと提案したのが堺屋太一氏 実現は出来なかった

昨日は暑かった 日本で一番の暑さだったところに住んでいることになる 36度を超えた 確かに「熱風」である ムウとする 首筋にじわっと汗をかく たまらんなあ 熱帯夜というのは 8月7日は立秋 はやく秋が来て欲しい 周辺では秋の季語である「ヒグラシ」が朝早くから鳴いているのだが

2016年7月23日土曜日

関東桜紫会の今


関東桜紫会の幹事長から会報16号が届いた ありがたやありがたや 以前東京に勤務していたころ2回出席しているし この前2年前もわざわざ東京まで行って出席したので縁は大いにある この会報に我が40年卒の一郎くんが昨年末に銀座の「サンミ高松」で同期会をやったとの記事があった その時の写真を無断で借用した ごめんね一郎さん
このサンミ高松は私が東京にいるときに探してきた店 ここで数回同期会を開催してきた 懐かしの店 最初の同期会は私が段取りした 確か1月末 東京が大雪で中止にしたのである 私は世田谷区下馬の単身寮から皆さんに電話をした 30件くらいあったと思う ひとりだけ静枝さんに連絡がつかなかった 彼女は千葉に住んでいて交通機関は動いてようだ

さて平成27年12月の同期会 11人 男子7・女子4 女子の郁子さんは分かる 彼女は随分前から代表として活躍していた人物だ あまり変わっていない その他の3人は全然わからない 男子は全部分かる 弘文くんも元気でなによりだ 博史さんも若そうな感じがする 直行さんと一郎さんは同じ光洋中学である 次回は平成30年11月に開催とあるからだいぶ先だ
それにしても話題は同じ 健康 家族 薬 親 こども 孫 お金 介護 うどん などなど 
今年東京は不順な天候のようだ 地震も多発している 日本中どこにいても心配事はなくならない

2016年7月22日金曜日

仮装行列の男4人組


一高が観音寺一高に5対6で敗戦したという記事を見て思い出した 我が4組にも野球部が居たことを 但し入学して直ぐに退部したので3年の時には部員ではなかった 広美さん本人が言っていたので本当の話 確かに大先輩の中西太さんのように馬力があったように見えた 広美さんは補習科に進学して第一志望の国立大学に入学 卒業後大手証券会社に入社し大活躍 労務畑でにらみを利かせて頑張ったそうだ その後スカウトされ別の証券会社に移籍 上場会社の専務になった 持ち前の馬力で厳しく会社の発展に寄与したのだと思う 彼とは東京・丸の内で一緒に食事をしたことがある 美味しい鰻をおごってもらった

同じく補習科仲間の昌宏さんも超難関私立大学法学部に入学 第1志望だったかどうかは知らないが ひたすら上京の機会をうかがったようである 丁度1年前に入学した博之さん(現・弁護士)にはずいぶんお世話になったようだ 彼は持ち前のセンスの良さを発揮して広告研究会でメキメキ頭角を現した 特に夏には逗子海岸の広研の「海の家」には精力的に参加 それが良かったのかどうかきものの大手小売店に入社 その後店舗開発で全国を行脚 取締役にもなり充実した会社人生を送る 私も彼が大阪に出張したときは我が家に泊まり 翌朝その店舗が出来るというところまで一緒に行った思い出がある

その彼が「LINE」を始めたという 遂にスマホを買ったのか プロフィール写真を見ればやはりバックが海で たぶん逗子海岸ではなく沖縄だろう 日焼けした彼の元気な姿があった 彼からは昨日LINEが届いたので早速返信した LINEは楽しい これからも有効に活用したいね ポケモンGOもいいけどまずLINEを覚えよう