2016年7月29日金曜日

大阪夏の陣


先日 大阪城・道頓堀クルーズに行ってきました 約50分の船旅 途中に運河もあり この原理はパナマ運河と同じだとアナウンスしていた 何か得した感じになった 出発の大阪城の船着場から天満橋へ 大阪城が見える 真田幸村も昔はこの川を戦略的に使ったのだろうか 天神橋を過ぎると東横堀川へ ここに水門がある 運河だ 2つの水門で水位を保っているとのこと なるほど水門が開くと川の水が増える ここを過ぎると道頓堀川 繁華街のど真ん中 左右にお店が並んでいる 大勢の人が歩いている 戎橋を通過して終点は湊町リバープレイスに到着 難波には近い このクルーズは予約しないと乗れないくらいの人気 初めて乗船した
先日テレビを見ていたら水質日本一の川が四国高知の「仁淀川」と紹介していた なんや「四万十川」ではないの と思っていた 清流のイメージは四万十川だが 仁淀川の上流の方がよほど綺麗らしい 四万十川には行ったことがあるが 仁淀川にも行ってみたい  
一方 大阪の川は汚れている この道頓堀は水深4メートル しかし半分はヘドロらしい ここを巨大プールにしようと提案したのが堺屋太一氏 実現は出来なかった

昨日は暑かった 日本で一番の暑さだったところに住んでいることになる 36度を超えた 確かに「熱風」である ムウとする 首筋にじわっと汗をかく たまらんなあ 熱帯夜というのは 8月7日は立秋 はやく秋が来て欲しい 周辺では秋の季語である「ヒグラシ」が朝早くから鳴いているのだが

2016年7月23日土曜日

関東桜紫会の今


関東桜紫会の幹事長から会報16号が届いた ありがたやありがたや 以前東京に勤務していたころ2回出席しているし この前2年前もわざわざ東京まで行って出席したので縁は大いにある この会報に我が40年卒の一郎くんが昨年末に銀座の「サンミ高松」で同期会をやったとの記事があった その時の写真を無断で借用した ごめんね一郎さん
このサンミ高松は私が東京にいるときに探してきた店 ここで数回同期会を開催してきた 懐かしの店 最初の同期会は私が段取りした 確か1月末 東京が大雪で中止にしたのである 私は世田谷区下馬の単身寮から皆さんに電話をした 30件くらいあったと思う ひとりだけ静枝さんに連絡がつかなかった 彼女は千葉に住んでいて交通機関は動いてようだ

さて平成27年12月の同期会 11人 男子7・女子4 女子の郁子さんは分かる 彼女は随分前から代表として活躍していた人物だ あまり変わっていない その他の3人は全然わからない 男子は全部分かる 弘文くんも元気でなによりだ 博史さんも若そうな感じがする 直行さんと一郎さんは同じ光洋中学である 次回は平成30年11月に開催とあるからだいぶ先だ
それにしても話題は同じ 健康 家族 薬 親 こども 孫 お金 介護 うどん などなど 
今年東京は不順な天候のようだ 地震も多発している 日本中どこにいても心配事はなくならない

2016年7月22日金曜日

仮装行列の男4人組


一高が観音寺一高に5対6で敗戦したという記事を見て思い出した 我が4組にも野球部が居たことを 但し入学して直ぐに退部したので3年の時には部員ではなかった 広美さん本人が言っていたので本当の話 確かに大先輩の中西太さんのように馬力があったように見えた 広美さんは補習科に進学して第一志望の国立大学に入学 卒業後大手証券会社に入社し大活躍 労務畑でにらみを利かせて頑張ったそうだ その後スカウトされ別の証券会社に移籍 上場会社の専務になった 持ち前の馬力で厳しく会社の発展に寄与したのだと思う 彼とは東京・丸の内で一緒に食事をしたことがある 美味しい鰻をおごってもらった

同じく補習科仲間の昌宏さんも超難関私立大学法学部に入学 第1志望だったかどうかは知らないが ひたすら上京の機会をうかがったようである 丁度1年前に入学した博之さん(現・弁護士)にはずいぶんお世話になったようだ 彼は持ち前のセンスの良さを発揮して広告研究会でメキメキ頭角を現した 特に夏には逗子海岸の広研の「海の家」には精力的に参加 それが良かったのかどうかきものの大手小売店に入社 その後店舗開発で全国を行脚 取締役にもなり充実した会社人生を送る 私も彼が大阪に出張したときは我が家に泊まり 翌朝その店舗が出来るというところまで一緒に行った思い出がある

その彼が「LINE」を始めたという 遂にスマホを買ったのか プロフィール写真を見ればやはりバックが海で たぶん逗子海岸ではなく沖縄だろう 日焼けした彼の元気な姿があった 彼からは昨日LINEが届いたので早速返信した LINEは楽しい これからも有効に活用したいね ポケモンGOもいいけどまずLINEを覚えよう

2016年7月19日火曜日

豊かな自然の三瓶山


三瓶山に行ってきた といっても知らない人が多いのではないか 島根県大田市にある 真ん中が男三瓶山(おさんべさん) 右が女三瓶山(めさんべさん) 左が子三瓶山(こさんべさん) 見えないがその左が孫三瓶山(まごさんべさん) この山は縦走できるし、そんなに高くないので山ガールにもお手頃な山である しかし何年か前に滑落事故があった 谷は深いので谷に落ちればデンジャラス また三瓶山は活火山でもある 定義の見直しでCランクの活火山に認定されたという 因みに富士山はBランク 箱根もB 阿蘇山はAランクである 三瓶は400年前に噴火 周りの樹木も埋まり杉の大木の埋没林が出来た その保存館がある
大田市は出雲市の西に位置する 世界遺産の「岩見銀山」のあるところだ 岩見銀山は地元の人は「大森銀山」という 途中で名前を変えた 同じように出雲大社も昔は杵築大社と呼んでいたが途中で変更したらしい 分かりやすい名前にしたのだろう
島根県で一番高い山は奥出雲にある猿政山1267M ここ三瓶山は1126Mで島根百山のベストテンに入る 一方香川県はどうか 1060mの竜王山がトップ 我が屋島は292Mである 屋島といえば屋島ケーブルがあったが2005(H17)年に廃止された 登山をしたことがある 確か中学の時である 結構険しかったのを覚えている 今は遍路道が登山道としてあるようだ 
三瓶山も温暖化の影響で雪が積もらずスキー場もなくなったようで今はリフトだけが残って動いている 高原の自然の家には奈良から中学生が夏期講習に団体で来ていた こんなに良いところがあるとは知らなかった クールジャパン

2016年7月10日日曜日

岡山の駅弁「祭りずし」は・・・


忙中閑あり 高松に墓掃除を兼ねて墓参りに行ってきた 1年前に行き そのあと今年の3月に弟が行ったのに草はぼうぼう 特に両隣の手入れが悪すぎるのでその影響を食っている感じだ 紫雲墓地 階段がきつい 急坂を5段も登る これは年を取るとしんどいなあ 眺めはいいのだが 将来不安になってくる 上の方なので風もあり 蝋燭の火がすぐ消える 線香も燃えないのはいつものこと お供えをして帰る 今回は時間もなく良次さんと四郎ちゃんに会っただけ 今新町で喫茶を経営している良次さんに次の同窓会いつやるん と聞いたら計画はないとのこと はよやろうやとだけお願いした 彼が中心とならないと誰も動かない 桑田先生は2年のときの担任だったそうな 去年はお元気だったのに・・・と残念がっていた 我が4組の高松組は良く集まっているようで10月には食事会も予定されている 大阪組も毎年やっているので まあええけど 四郎ちゃんはこの前2年の時の同窓会をしたと言っていた

さて 途中の岡山で駅弁を買う この「祭りずし」は昭和38年発売だから我々が高校2年生のときに販売開始した駅弁 ロングセラーと思う 特に「ママカリ」が美味しい ご飯(ママ)を借りにいくほど美味しいということで名付けられた「ママカリ」 正式には「サッパ」という 瀬戸の子魚である 児島から船を出して「釣り」をしたこともある
これを販売している三好野本店も経営危機に陥り再生ファンドによる支援を仰いでできた会社 もともとあった三好野本店は2013年5月に(現在の)三好野本店に事業を譲渡し商号を山陽デリカサービスに移し倒産 230年以上の老舗だった (現在の)三好野本店は生き返り2014年からは高松の駅弁も作って販売している 全然知らんかった そういえば宮脇町では蝉が泣いていた 今年初めて もう梅雨はあけたのかなあ こういうのは自然界がはやいからなあ

2016年6月29日水曜日

木曽川を眺め紫陽花を鑑賞 


1年前は高松で卒業50年の高校の同窓会があった あれから1年 今年は大学のクラブの同期会が愛知県であった 気の置けない仲間たちが集まった 2年に1回持ち回りで開催している メンバーは12名いるのだが諸般の事情で今回は8名となった 夕方 ホテルの中庭を眺めていたら紫陽花が咲いていた 向こう側は木曽川 時間がゆっくり進む 一方「ブレグジット」が世界経済を混乱させている
この日は近鉄で名古屋に向かった 大阪からは3人組 車中でビールを飲んでいい気分 新幹線なら新大阪駅から約1時間で行けるが大阪難波からは約2時間かかる その代わり安い 急ぐこともないのでゆっくりと名古屋へ 名古屋駅で同期の6人組が待っていた 久しぶりの握手を交わして名鉄で犬山遊園へ そこから歩いてホテルに荷物を預けホテル前にある国宝の茶室如庵(有楽苑)へ 国宝の茶室は全国で3つとか 織田信長の実弟織田有楽(うらく)の茶室という もともと京都の建仁寺にあった茶室を移築したそうである
続いて犬山城へ 別名「白帝城」とは荻生徂徠が名付けた 「徂徠豆腐」という落語を思い出した このお城は国宝である 国宝は5つあるが我が国現存最古の天守 素晴らしい 内部は急な階段であったが天守からの眺めは素晴らしかった これも織田信長の叔父の織田信康が築いたお城である 8月はもうひとつ国宝の彦根城に行くことになっている これで5つのお城を制覇
それにしても1年は早い また高松で同窓会をして欲しい 幹事さんよろしく


2016年6月20日月曜日

スイカの想い出


スイカを買ってきた 6分の1切れかな スイカは熊本が一番早く出る 次に鳥取 そして段々北上する 生産量1位は熊本だ 2位は千葉 続いて山形 新潟 鳥取は5位 そういえば千葉に行った時に都市ガスの丸いタンクにスイカが描かれていたことを思いだした 今年はどうだったんだろう 地震の影響はあったのか ないことはないと思う
スイカの美味しい切り方を教えていただいた 真ん中が甘い その甘味を均等に分けるには、中心部分から放射状に包丁を入れていくと良いと言われている 単純に縦に切ってはいけない 円錐状に真ん中を中心に切らないといけない 良いことを教えてもらった
スイカの想い出である 親爺と弟と3人で大的場海水浴場に行ったときに私が溺れたのだ 若いお姉さんが助けてくれた 深みで浮いたり沈んだりしていたのだろう こちらは足がつかずバタバタするばかり ようやく助かった 親爺は驚いただろうな 小学生の時である 大的場は浜ノ町にあった あまり綺麗なところではなかった 高松港の西側 連絡船が見える 満潮になると結構砂浜近くでも深くなるのだ 小学時代はバスでこの海水浴場に来た 授業だった 少し泳げるようになった 親爺は弟に泳ぎ方を指導している隙に単独行動に出たのが良くなかった 足がつかないと慌てるものである 助けられて帰り道 親爺がスイカを一玉買った バケツに入れて冷やして家族で食べた 美味しかった いやはやあのとき良く助けられたものである 溺れて水の怖さが分かった 恩師の言葉 人間溺れてみないと怖さが分からん だから溺れろ 金に溺れろ 金の怖さが分かる 女に溺れろ 女の怖さが分かる 確かにそうだ