2026年5月8日金曜日

嵐山から化野念仏寺の竹の道 1月




2026年(令和8年)の目標のひとつ 月に一度は京都に出掛ける 1月は嵐山方面であった 阪急嵐山駅から渡月橋を渡ると大混雑 この日は比較的暖かい日であった 
天竜寺から竹林を通って野宮神社へ 源氏物語にも出てくるお社 黒木の鳥居が有名 由緒を読むとなんと高松市の日本興業からクヌギを寄贈されたとある へえーと思いながら参拝

JRの線路をまたいで奥へ奥へ 落柿舎や二尊院などの有名寺院がある 少し足を伸ばして化野念仏寺に到着 たくさんのお地蔵さんが座っている さらに竹林の道が出来ている 整備され綺麗だ 道は短いが撮影スポットにはもってこいのところ

この辺りは鳥居本という地域 大きな鳥居がある その下で平野家という鮎茶屋は工事中であったが営業はしていた
更にトンネルを抜けると愛宕念仏寺がある ここまで行く人は少ない 丁度タクシーが来たので清凉寺まで乗った
 

2026年5月7日木曜日

関東桜紫会24号・関西桜紫会24号も出てきた


 

2024年(令和6年)発行の会報が奥の方から出てきた 音楽科があるのでやはりゲストはプロの音楽家によるコンサート 桜紫会は関東は1年半関西は1年毎に開催されているが 関東は91名関西は54名の参加者 主催者側のご苦労は良く分かります


2026年5月6日水曜日

なんと1年半以上更新してなかったよ

宇治平等院の藤は「野田フジ」という品種 大阪市の福島区の野田がルーツで福島区の花は「藤」である だから福島区に行くとあちこちで藤の花に出会う 今から600年前の室町幕府の足利義詮がここで詠んだ句がある「むらさきの雲とやいはむ藤の花 野にも山にもはいぞかかれる」

むらさきの雲か?なるほど・・・ドイツでは藤の花のことを「青い雨」というようです  ここの藤と吉野の桜、高雄の紅葉が歴史的には花の三大名所といわれている 宇治の平等院には丁寧に手入れされた「藤」棚が大勢の方の目を楽しませている 今年は開花が早く桜が終わってすぐに開花された

2024年11月に投稿した後2026年5月までの1年半ブログを更新していなかった 何故だろう どうしてだろうか?思いだしても思いだせない 2025年はどんな年だったのだろうか 写真を見ると関西万博が開かれた年で3月から10月にかけて10数回万博に出掛けていたことが分かった 万博で忙しかったのだ

さて宇治と言えば源氏物語の宇治十帖 このあたりは都からみると別荘地だったのだろう また琵琶湖に通じている 石山寺も近い 紫式部がこもって書いたのだろう  

関西万博には京都はお茶を出していたのを思いだす また私自身の大阪での職場も宇治にあったし宇治田原の茶畑付近でも仕事をしたことがある懐かしいところである






 

令和7年の同窓会会報



 

連休中に机の中や本棚の大掃除 不要な本などを整理した 同窓会(桜紫会)関係では東京(関東25号)、大阪(関西25号)、高松の会報75号が出てきた 

読み返してみると令和10年 つまり2年後に100年を迎えるとのこと さぞ盛大にお祝いをされることと思う 行きたい気持ちはあるのだが 

比較すると会費は東京・大阪では12,000円 高松では8,000円 ホテルでの飲食だから妥当な会費だと思うが年金生活者にとってはやや高い 今年秋に母校の商学部100周年の集まりがあるがそれは早割で10,000円 当日は12,000円となっていたがそれも面白い 

同窓会の会費も苦戦しているようだ 10,000円の終身会費制を廃止して,2,000円の年会費制に移行すると発表があった 私の場合、終身会費を払っておりしかも年会費を払っている人は今迄年会費を関西に払っていたのは払い過ぎだったのか疑問が残る なお、関東・関西で年会費を支払っているものは高松では年会費を支払しなくて良いとあった

コロナ以後 同窓会の在り方が変わってきたように思う 集まって飲み食いというのは少なくなった 現役の学生・生徒を招いての交流会が多くなってきたように思う 桜紫会は音楽家の卒業生の音楽会がメインであり、他校にない特色がある しかし昨年の高松での会はシンガーソングライターと建築家の講演会 いずれも「普通科」の卒業生 これも珍しい企画であった 他校ではどうしているのか例えば高松高校では?

私の母校では、昨年は卒業生で有名なアナウンサー、一昨年は同じく有名企業の経営者をお呼びして講演会を開催 卒業生だけではなく現役の学生を招いた 確かに卒業生を前にして講演するより現役の学生に聞かせたい話であったので大変良かったと思う

誰かを呼ぶのも良いが参加者が自己紹介するだけでも良いと思う 会費は5,000円まで高いホテルでなくて良い 高校でも良いと思う

2024年11月24日日曜日

大化の改新は談山神社から始まった

大化の改新は645年に行われた「政治改革」である 聖徳太子が亡くなったのは621年 その後は蘇我氏が支配していた 蘇我氏の横暴ぶりを見ていた中大兄王子と中臣鎌足が蘇我氏を滅ぼして新しい日本を作ったのが「大化の改新」である 中大兄王子は後の天智天皇であり中臣鎌足は後の藤原鎌足 藤原一族の繁栄はここはら始まったと言える 藤原不比等は次男 なお藤原道長は藤原鎌足の子孫にあたる 飛鳥から奈良そして平安につながる

この二人で話し合った・相談したのがここである 昔は談山神社のいう名前ではなかった 多武峰妙楽寺という名前だったがここで話し合った・相談したということで「談」 「談」の神社で談山と今は呼ばれている いわゆる「談合」の由来はここから出ている 妙楽寺というように昔はお寺であったが今は藤原鎌足を祀る神社になっている お寺の名残で「十三重の塔」が立っている 美しい塔である
多武峰(とうのみね)は「金の司は多武峰」と呼ばれていたのを知る人は少ない つまりお金持ちだったのだ 金貸しと言っていいのだろうか 金の力で周りを支配していた

天王寺駅から奈良へ 奈良から桜井へ 桜井からコミュニティバスで多武峰まで20分 わりと近い 正面から一気に階段をあがり本殿に向う 立派だった
 

2024年11月4日月曜日

高松市内散策 自転車にて







会員の集いの翌日 久しぶりに市内を散策 自転車を借りる これをスマホで操作する 面倒くさい 以前は担当が居たのに今は無人化 時代を感じる つまりスマホがないと借りることは出来ない このアプリは高松だけでなく他の都市もやっているようだ

まずは必ず立ち寄る栗林公園 ここは大学時代にアルバイトをしていたので懐かしい 北口から入る そうだ今日は船を乗ろうと思った 予約をする 定員は8名 船頭さんが「どこから来たんな」と声を掛けてくる この船は13年前からとのこと 船頭さんは英語も駆使して約30分回る 太鼓橋や掬月亭を見ながらのんびり 紫雲山は260mあるそうな 特別名勝栗林公園 国の「特別名勝」に指定されているとのこと 紫雲山があってそれを借景にしている 初めは生駒藩の大名庭園だったとのこと その後松平藩へ いろいろ説明してくれた

次は商店街を自転車で押しながら歩く 未だに禁止の自転車で回る人がいる 困ったものだ 田町から南新町 丸亀町 兵庫町へ 商店街の広場には「綱引き」イベントが行われていた 黒山の人だかり 片原町とライオン通りは昨夜歩いたから殆どの商店街は征服した

そして駅に 駅前広場では大勢の市民が集まって獅子舞や踊りのイベントが行われていた なるほど昔とは異なる風景だ 駅前でこのように集まるのは珍しい また商業ビル「オルネ」もごった返していた

そしてここまで来ると赤灯台まで行かなくては・・・大的場にも行きたい・・・といううことで遠回りして港を眺める 屋島 女木島 男木島 瀬戸内海の多島美は素晴しい またアリーナも建設中 ここでどんなイベントが行われるのか?楽しみ 

徳島文理大の新校舎も完成 どんな授業が展開されるのだろうか? ますます発展する高松 人口減少の中で町の発展を祈念したい
 

令和6年度 会員の集いに参加




何年振りだろうか?8年ぶり?前回は2016年?中西太先輩がゲストだった 太先輩が昨年亡くなり ここにいないのが悲しい 先日 銅像の寄付をしたので銅像の完成を待ちたい なにしろ小学校・中学校・高校の大先輩である
今日は150名くらいの出席だろうか?若い人が多い というのも平成5年・6年が幹事だそうで活気を感じた
まず小松玲子さんのサヌカイトの演奏がメイン 最初に素晴しい演奏があった サヌカイトのことは知っていたがそれを演奏で聞くとは 貴重な音楽会であった

あとは、飲食 正直言って「イマイチ」の料理 一人当たり1500円から2000円くらいの感じ がっかりした これなら「うどん」の屋台でも良かった

しかし我々のテーブルは昭和40年卒 41年卒 42年卒が各2名 計6名のテーブル
ちょっと少ない 話は盛り上がったが
全体的に見てやや物足らない感じがしたのは私だけでしょうか?企画に工夫がなかったのは残念 満足度は40%