2022年2月5日土曜日

大阪中之島美術館 開館



2月2日に待望の大阪中之島美術館が開館した 開館までに紆余曲折を経てようやく中之島に登場 南側には国立国際美術館が並んでいる 建物は黒い箱になっている ひときわ目立つ 猫が出迎えてくれる なんの猫だろうか? また館内には巨大なロボットらしき鉄腕アトムのようなものもある
このコロナの時期 鑑賞はすべて予約制である 当日券もあったらしいが私はネットで予約した 4日12時から 建物の全体や内部を見たいから少し前に到着 1階にはホールやワークショップの教室などもあった
600円でガイドを購入して入場 最近は絶対にガイドを買うようにしている 早速 お目当ての佐伯祐三さんの作品がずらっと並んでいる これは山本發次郎が大阪市に600点近く寄贈したもののひとつである この寄贈が中之島美術館建設のルーツであるらしい 他にもたくさんの方からの寄贈があった 今回の開幕展はそれらのコレクションを展示したものであるらしい 展示の99作品は未完成という意味を示している つまりまだまだ寄贈をお願いしたいということだろうか 
もちろん大阪市が税金の無駄遣いといわれたモジリアニの作品も展示してあった 17億円で購入したものが今では4倍以上になっているらしい 

ところで大阪市の今の財政はどうなっているのだろうか?2025年には万博の開催 2028年ごろには総合リゾート構想(いわゆる「IR」)と続く 財政負担が心配だ 橋下徹さんがせっかく財政再建したのにまた借金づけでは困る 今迄は市の負担がないという話が今は1000億近くの負担が出るということになっている これでは自民の二の舞になる 維新も同じことをやっている それでは市民としては困る話だ

2022年2月4日金曜日

カムカムエヴリバディは面白い


 

在宅勤務が増え「朝ドラ」を観る機会が増えた 昨年の「おちょやん」に続き今回は「カムカム・・・」を楽しみにしている NHKの大阪放送局と東京局が半年ごとで交代で製作している番組だ 特に大阪局は関西が舞台なので身近に感じる 放送はBSPで朝7時30分から地上波では8時からと12時45分から 私はBSPで観ることが多い               

 

脚本を担当しているのは藤本有紀さん 1967年生まれ 兵庫県出身 「朝ドラ」では前回の「ちりとてちん」に続いての登場 落語がテーマの「ちりとてちん」も最高に楽しかった 福井県小浜市出身の女性が高校卒業後に大阪に出てきて噺家を目指すストーリー 落語好きな藤本さんの遊び心が随所に出てくる この「朝ドラ」のおかげで小浜市では今でも女性落語家の大会がある 私にとっては驚きの連続だった

 

さて「カムカム」はどうか 親子三代の100年ストーリー これも珍しい 岡山の和菓子屋の娘 安子から始まる 「やすこ」を「あんこ」と呼ばれるのも洒落のひとつか?優しい岡山弁が懐かしい 岡山といえば学生服 雉真繊維は「トンボ学生服」がモデルか 学生服といえば他に「管公」「富士ヨット学生服」児島が発祥である 「管公」は言うまでもなく菅原道真公から名前をとっている 夫の稔さんが通った大学は現在の大阪市立大学 私の受験校だった ここでも戦争の悲劇が・・・「カムカム」で学んだ英語が得意だった安子はアメリカに

 

長女の「るい」は稔の弟の勇が好きだった野球の「塁」ではなくルイ・アームストロングの「ルイ」からとったもの そして「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」からとった「ひなたの道」を歩く・・・長女の「ひなた」 長男の「桃太郎」は桃山剣之介から

 

岡山・大阪・京都と舞台は続く 特に京都では鴨川の風景に引かれる そして映画村が出てくる 

 

ストーリーには伏線が織り込まれている 落語好きな脚本家が名付けた「赤螺吉右衛門」は落語の「片棒」に出てくる 赤螺屋吝兵衛(あかにしや・けちべえ)がモデル けち一筋で一代で身代(しんだい)を築いた人物である 

 

カムカム英語 時代劇 野球 あんこ トランペット 桃剣 1967年生まれの藤本さんは旗本退屈男を知らない筈なのに どうしてそこまで知っているのだろうか 本当に良く出来た朝ドラであり今後も楽しみである

2022年1月17日月曜日

新校舎見学会のニュース



昨年12月5日に母校の新校舎見学会があった 後輩がLINEで送信してくれた 後輩もある方から送信してもらったとのこと たくさんあるうちの3枚 プロが写したような写真である 
まるで絵に描いたような屋上からの景色 遠くに屋島が見える 吹き抜けのロビー きれいな教職員室 日本を代表する設計会社の日本設計の設計だから美しい ここで学べる生徒はうらやましい 
私たちが入学したのは1962(昭和37)年4月 当時の平面図が学園誌に掲載されている 施設は老朽化が目立つと書いてある 校門を入って右に図書館があった その年の9月に体育館が竣工した 卒業した昭和40年4月からは鉄筋コンクリート造りの校舎が竣工した それらを全部壊しての新校舎である 体育館は来年度の竣工となる
従って我々の時代は立派だが古い校舎だった 木造2階建て?だったか 1年生の時は1年5組が突き当りにあって4組はその手前にあったのを覚えている 廊下を歩く担任の宮崎先生の怖い怖い靴の音が聞こえる教室だった その他のクラスはどこにあったのか覚えていない 2年3年は講堂を取りこわした跡地に建った新校舎だったと思う 3年の時の4組はこれも突き当りの教室だった 隣が女子だけのクラスだったような気がする 
その懐かしい教室も今はなく全く新しい校舎になった 少子化で大変な時代 県内唯一の市立高校として存在感を示すのは大事だ 今は音楽では全国に名を轟かせている 一本足打法では駄目だ 他に売り物になるコースを作らねばならない 体育でも良し ICTでも良し 何か特徴のある高校になって欲しいと願う
母校のHPをみると旧校舎の写真を載せている なぜ新校舎にしないのか その感覚が分からない 母校に電話して指摘すると「そうですね」とのこと 誰が担当しているか知らないがそのあたりはきちんと対応した方が良い 21世紀枠を目指すのなら 


 

2022年1月16日日曜日

今年は雪が多い年?


1月11日 久しぶりに鳥取県に行った 噂通りの雪 雪 雪 年末年始の雪が融けてない しかもその上にさらに雪が降る 牡丹雪はすぐに積もる 1時間に5センチくらいにすぐになる 大雪の時は前触れがある 雪起こしの雷だ これがあると要注意 雷が大雪を呼んでくる
雪国には主要幹線道路は真ん中に融雪装置がある そこから井戸水が噴水のように出てきて雪を融かす その他の道路はそういう装置がない 除雪しているが歩道に雪が高く積まれている 歩きにくい 車が水や雪をはねて洋服にかかる 最悪である 運転している人はいいが歩いている人には災難である

しかも凍り付いている 長くつでも滑る 滑らないように滑らないようにと思っていたら余計滑る 危ない 危ない 尻もちであればよいが頭を打つと危ない

1月5日から6日にかけて東京で10センチ 13日から14日には京都で8センチの積雪があった 太平洋側や京都などは冬用タイヤを履いてないから交通事故も多い 危ない 危ない 以前1分間で3件のスリップ事故に遭遇したことがある 歩道を歩いていたのであやうく巻き込まれることだった 坂道(下り)でのスピード 橋の上 凍っている この3条件が揃うとブレーキをかけると車も滑る スピンするというか車が回る 

はじめ 雪は風流だな と思っていた しかしあまり降ると風流を飛び越し危険になる 雪は凶器になることが分かった 雪は大嫌いだ  


2022年謹賀新年



今年のお正月は例年になく寒かったような気がする 年のせいなのか?と思ったが やはり寒気が昨年のクリスマスから年末年始にかけて日本列島におりてきていた ラニーニャ現象というらしい 日本海側の大雪には驚いた 特に鳥取県倉吉市は70センチの積雪があったという 38年ぶりとか
70センチの積雪とは 30センチくらいは経験がある 長くつは大体20センチから40センチくらいまであるので長いのを履けばなんとかなる しかし70センチは雪が入ってくるから厄介だ 塩化カルシウムを撒けばすぐとけるがどこにでもあるわけではない たいていは道路の凍結防止剤として要所におかれている 

今年の初日の出は厚い雲があって時間がかかった 今年の大阪の日の出は7時5分 しかし太陽が出てきたのは7時30分過ぎだった ななかな出てこなかったがようやく眩しい太陽が東の空から顔を出した 毎年大勢の人が初日の出を拝もうと公園の周りに集まる 遅くはなったが今年も拝めて皆さん満足していた なお1月2日は雲もなく時間通りに出てきた

高校時代に今はなき俊文くん(2000年12月に逝去)と屋島に初日の出を見に行ったことがある 「屋島を出(いず)る朝日影・・・」と校歌にもある屋島だ 高校生の時だから車はないのでケーブルカーか歩いて登ったと思う 談古嶺から五剣山の右を眺めるとご来光が拝める 今でも毎年1500名あまりが来ているという 私はその時が最初で最後だった 

初詣は近所の氏神さんの生根神社に参拝 愛犬と一緒だった おみくじは小吉 まあまあである 隣の住吉大社には昨年の1.8倍の人が詰めかけた しかし我が家の氏神さんは昨年並みだったような気がする 
阿倍野神社にも参拝 ここは家から一番近い神社 ここも愛犬と散歩がてらに出かけた にぎやかに飾り付けがされていた しかし人出は多くなかった
今年もコロナの感染で幕が開けた しかもオミクロン株という最強の感染力をもつ厄介な新型コロナである さてどうなるのかコロナ次第の時代になった

2021年12月13日月曜日

奈良公園の晩秋

 




奈良公園は東大寺 春日大社 興福寺 猿沢の池あたり一帯を指す 近鉄奈良駅を出ると若草山が見える 鹿のお出迎えもある 若草山は三つの山が重なっているように見えるので三笠山とも呼ばれる
奈良の名物はなんといっても鹿と大仏である 落語に鹿政談という噺がある マクラで奈良の名物として「大仏に 鹿の巻筆 霰(霰)酒 春日灯篭 町の早起き」ということが出てくる 最後の町の「早起き」は鹿と関係がある 鹿は朝が早い だから町の人も朝早く起きて鹿の動向をみる 万一家の前で鹿が死んでいたら大変なことになる 落語は豆腐屋の店先で鹿がおからを食べているのを主人が見て鹿を叩いた 鹿が死んだ そこで大騒ぎになるという噺だ お裁きが行われる 最後は犬と鹿を間違えたということになる 豆腐屋の主人に向って裁判長は「そちは豆腐屋じゃな きらずにやるぞ」豆腐屋「はいマメで帰ります」でオチになる きらずはおからのこと 豆は豆腐の原材料 桂米朝さんが演じると素晴らしい噺になる

いつもは東大寺の南大門から大仏殿 二月堂 若草山から春日大社に回る 今日は逆回りに挑戦 春日大社は768年藤原氏の氏神として祀られた 東大寺は752年に聖武天皇が建立 だからいずれも平城京の時代に出来たものだ 春日大社には数え切れなほどの灯篭がある これが節分とお盆には火が入るから壮観である 春日万灯篭という 春日大社を出るとすぐ若草山が迫ってくる 342メートル 全部芝 屋島より高い 1月には山焼きがある 隣の二月堂は3月1日からのお水取りで有名だ これが終わると春が来る 大仏殿 南大門を通って帰路につく
中学時代の修学旅行で東大寺のお坊さんがガイドをしてくれた 南大門は大した門ではありません 皆がキョトンとしていると お坊さん さあみんなでこの門のことをゆっくり言いましょう「なーんだーい もん」か でしょう「ふつうのもん」です。
鹿は餌を探しに寄ってくる 小学生の鹿せんべいに数頭が集まり争奪戦をくりひろげていた 小学生は「もうない」「もうない」と言って逃げ回っているのが面白い

2021年12月4日土曜日

奈良の紅葉も素晴らしい



奈良 平城京跡の近くに不退寺がある 平安京に遷都された後に譲位後の平城天皇の家を平城京跡の北東部に建てたのが萱葺の御殿 通称「萱の御所」と呼ばれている 天皇の子の阿保親王と孫の在原業平が受け継いだ 阿保親王の没後業平自身が聖観音像を造立し祀ったのが不退寺の創建 今はひっそりとして訪れる人も少ない ここは別名「業平寺」とも言われている 観音像は業平の作と伝えられる 業平の絵も所蔵されている 業平は歌人としても有名 なかでも法隆寺の近くに流れる龍田川の紅葉を詠んだ「ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」は超有名 落語にも出てくる噺だ                             

平城京ができたのは710年 「なんと」と覚える 元明天皇が律令制にもとづいた政治をおこなう中心地としてそれまでの都だった藤原京から遷都し新しい大規模な都をつくった 平城京のモデルとしたのはその頃もっとも文化の進んでいた唐(中国)の長安という都 しかし74年間だけでこの後長岡京に都を移した その後794年に平安京に「なくよ」と覚える
現在は敷地の中を近鉄電車が走っている 朱雀門と大極殿が新しく復元されている 近鉄電車の西大寺と新大宮の間だ 奈良と言えば東大寺や春日大社に目が行く 東に東大寺 西に西大寺があった 今は西大寺は東塔跡のみが残っている この平城京跡も良いところであるが見どころが少ないのが残念 法華寺 海龍王寺 不退寺くらいか ガイドブックを見ると航空自衛隊が北にある 幹部候補生が学んでいる 一度足を延ばしたいと思う 昔々はここから若草山 大仏殿が近くに見えていたと思う 眺めは抜群 もう一度訪ねたいところだ