2021年11月21日日曜日

京の紅葉狩り 西京区編



善峯寺は西国33か所第20番札所 1029年源算上人により開かれたお寺 江戸時代の綱吉の生母桂昌院がここで幼年期を過ごしたとある しかし本当に山深いところである 学生時代 ゼミの合宿でここを訪れたことがある こんなところだったとは全然覚えていない ただ奥にある三鈷寺から見た京都市内の風景は今でも覚えている ものすごい急坂を歩いていく紅葉で真っ赤に染まっている 山門の両側に紅葉が 見事である 昔の人はここに良く建てたなあと思う 境内には桂昌院ゆかりのものがたくさん置いてある 桂昌院の幼名はお玉 民間人が大奥に入って大出世 「玉の輿」は、お玉から始まったという 立派なお寺 紅葉も素晴らしい 大勢の方が来ていたのには驚いた

大原野神社は長岡京と関係がある神社であるとのこと 平安京の前の784年に創建 奈良の春日大社から勧請を受けため鹿が置かれている 狛犬の代わりに狛鹿があるのは珍しい 長い参道の両側には紅葉が美しい 今日は婚礼が3組 いやそれ以上あっかかもしれない 皆さんの笑顔が見られた

勝持寺は通称「花の寺」と呼ばれている 天台宗の古刹 679年に創建された 西行法師が出家した寺である 境内には西行桜がある それ以来「花の寺」と呼ばれている 大野原神社に隣接しており長い長い坂道の奥に静かに佇んでいる なかなか見ごたえのあるお寺です 

帰りに西山連峰を眺めた のどかな風景である 昔は京で大原と言えばこの地を指していた  長岡京も近い 良いところであると思う 初めて来たところなので新鮮であった



 

京の紅葉狩り 左京区編



 


叡電の一乗寺で下車 東に向かうと武蔵の「一乗下がり松」がある そこを過ぎて山に向かって歩くと詩仙堂がひっそり佇んでいる 隣はこれも武蔵とゆかりの八天神社 詩仙堂の門を潜ると紅葉が目に入ってくる 石川丈山の住まいであったので「丈山寺」とも呼ぶ 石川丈山は家康公に仕え大阪夏の陣以後徳川家を離れて59歳で詩仙堂を造営したとある 1642年のことである 詩仙の間から見る紅葉は素晴らしい 現在は曹洞宗大本山永平寺の末寺となっている

続いて圓光寺 ここは臨済宗南禅寺派の寺である いつもは拝観料が500円なのだがこの時期は倍となる 庭園が素晴らしい 枯山水 紅葉 枝垂れ桜 この時期は真っ赤に染めたお庭を皆さんが座って眺めている 竹林もある 木活字も有名であり展示されている

最後に曼殊院門跡 結構歩いて辿り着く 門跡というからここは皇室とゆかりのあるところでる 1656年に当地に移ってきた 修学院離宮と近いところを選んだようだ 江戸時代後期の代表的書院建築となっている 様式は桂離宮との関連が深い 皇室の関係とあって内部の写真撮影は禁止とある 庭というより、各部屋の障壁画 黄不動尊が有名である

修学院の駅まで歩く 約20分 途中にあるラーメン屋さんに入る 「すぐる」というお店 並んでいた 常連さんである 30分ほどして店にはいり塩ラーメンを注文 煮干しのようなスープで大きなチャーシューが2枚入っていた 関西ラーメンで準グランプリを取っただけのことはある 大変美味しかったです  ここ一乗寺・修学院は「一乗寺ラーメン街道」と呼ばれており京都随一のラーメン店激戦区であることを今日知った

ここまで来ると「もみじのトンネル」を見ないわけにはいかない 貴船から鞍馬まで電車に乗ってきた




センバツ 21世紀校に選ばれる


大学時代の親友から母校の市立高松第一高等学校が来年の選抜の21世紀枠に推薦されたとのニュースが入った ほんまかいな 準々決勝で負けたのに なんで と思った Yahoo!で新聞記事を検索 その理由が分かった 部員は13名 文武両道 ベスト8          調べると各都道府県から選ばれたチームの中からまず四国代表が選ばれる 次に西日本地区で選ばれる 東日本と西日本で各1校 次に全体から1校 合計3校がセンバツに出場できるとのこと

ネットで予想が出ているのをみると西日本は「本命」が大分舞鶴とある 母校のことは全然出て来ないから「穴」だろう 全体から1校に期待するしかない 同級生で香川の高校野球の監督をしていた哲さんがいる 彼に言わせると四国の中でも「借り貸し」があって強引に選んだ県は翌年遠慮するらしい 今はどうなのか 

中西太大先輩 近藤昭仁大先輩が出た高校というのは通用しないだろうと思うが 名門復活というところでなんとか出来ないか 高野連の会長は母校の細川校長先生である ラッキーといえばラッキー しかし逆にごり押しができない立場にある 

夏の甲子園の県予選は三本松に大敗 その後投手力・攻撃力を強化してなんと丸亀城西とか小豆島中央に連勝して大手前高松にコールド負け さあどんな結果が出るのか楽しみである 6年前にも四国代表に選ばれたが全国では選ばれず 今度こそである 吉報を期待したい

 

2021年10月17日日曜日

桜紫会会報 第66号届く


第66号の会報では新校舎竣工の様子が紹介されていた 9月に竣工したのは校舎棟である 今後体育館棟が建設される 3年先にすべての工事が完成する 体育館棟には新同窓会会館が出来るとのこと 待ち遠しい 寄付金の最終のお願いが同封されていた すでに1万円を寄付しているが 追加は? 目標は1億円だったか 半分の5千万円は超えているようだが 苦戦している 新型コロナの最中でありなかなか難しかったかもしれない

さて、会報の中身はどうか 田村先生との思い出トークの後半が掲載されている ただ全然知らない先生だけに親しみがわかないのが残念である ただフォークダンスとかは共感できる部分がある 秋山先生の自伝にも書いてあったが県の教育委員会の「一高に対する進路指導に対する妨害」はここにも書かれていた 逆にいえば高松西高への贔屓であった それらの試練を乗り越えて今の一高があるのである そのあたりは教員の皆様が頑張っていたことがうれしい

今春の進学状況も掲載されている 国立172人 公立40人 私立466人 計658人となっている もちろん浪人と現役を合わせた数字だが なかなか立派な成績である 香川大 岡山大 広島大と続く 超難関の東大 京大各1名 阪大5名である


 

2021年9月20日月曜日

高松城は12万石


和歌山城つなぎで高松城や石高のことを調べてみた 江戸時代の石高は江戸城が800万石でトップ 続いて金沢城の102万石 鹿児島城の77万石 仙台城の62万石 名古屋城の61万石 次は和歌山城の55万石 熊本城が54万石 福岡城の52万石 広島城の42万石 ここまでがベスト10 和歌山城は全国7位である 天守閣もお濠も立派である

四国では徳島城が18位の26万石 高知城は19位の24万石 松江城は28位の15万石 高松城は32位の12万石 宇和島城は38位の10万石 丸亀城は64位の5万1千石となる 他に四国には今治城3万5千石 石高不明の大洲城がある

日本の名城のガイドによると 高松城は豊臣秀吉が1587年生駒親正に讃岐一国を与えたのが始まり 1588年当時「野原」と呼ばれた瀬戸内海に面した港町に新城の建設を開始し3年後の1590年に完成させ同時に地名を高松と改めた 城は北方が瀬戸内海に面し三重の堀に囲まれた海城 内堀には島のように本丸や二の丸三の丸が配置された 外曲輪外側には海水を引き込んだ広い堀を巡らし東西には舟入(船着場)も造られた 築城時の天守は三重の望楼型天守であったが松平頼重により解体され1670年小倉城天守を模した三重四階地下一階で最上階を三階よりも張り出させた南蛮造(唐造)の天守として再建された 合わせて城の大改修が行われ三重の堀には全て海水が引き込まれた その後松平氏は220年以上11代にわたり居城として幕末を迎えた。城跡には月見櫓と艮櫓が残っている とのことである 

高松城は徳川家から見た特別な家格の八家のひとつである 八家とは 1、尾張名古屋城/徳川家 2、紀伊和歌山城/徳川家 3、常陸水戸城/徳川家 4、会津若松城/松平家 5、讃岐高松城/松平家 6、近江彦根城/井伊家 7、伊予松山城/久松家 8、伊勢桑名城/久松家

その高松城の再建が話題にあがっている 復元が出来るのか本当に待ち遠しい その時は高松城下町のこともPRして欲しい 地図を見ると昔住んでいた今橋 松島付近は郊外として地名が残っている 城の外れである


2021年9月16日木曜日

和歌山市は55万石の城下町



久しぶりに和歌山市に行った 久しぶりといっても40年ぶりかな JR和歌山駅前の和歌山県信連に挨拶に行っただけ そのまま帰った 今回はそんな用もなくのんびりと市内を回った 特に「和歌山城」と「ぶらくり丁」をじっくり見たかった

近くの南海電車に乗って和歌山市駅に向かう 時刻表を見て驚いた 和歌山への特急「さざん」はあるが、急行は1日に2本 今は関西空港行きの急行に乗り泉佐野で普通電車に乗り換えることになる 泉佐野から関空行きはたくさん出ている 泉佐野から和歌山市駅までは13駅あるが大体30分少しかかる 途中 みさき公園 紀の川があり昔は多奈川線とか加太線が接続していた 多奈川線は廃線となり紀の川線は紀の川始発でなく今は和歌山市から加太まで走っている 加太線と名称が変わっている また和歌山大学前(ふじと台)が新しく出来てニュータウンと大学の駅となっているのには驚いた

さて 天下茶屋駅から急行と普通に乗ってのんびりと和歌山市駅に到着 人口34万人の県庁所在地はひっそりしていた 案内板もない なんだこの町は お城がどこにあるのか「でんでんわからん」と和歌山弁で言いたくなった 和歌山のひとは『ざ・じ・ず・ぜ・ぞ』が『だ・ぢ・づ・で・ど』になる だからぜんぜんはでんでんとなる 「ざぶとん」は「だぶとん」になる

和歌山城は築城当初から徳川家であったわけではない 1619年に関ヶ原の戦いで勝った家康の十男の順宣を入国させて御三家紀州藩が成立 そもそもは1585年秀吉の弟秀長が虎伏山の峰に創建したのが始まりである 当時はお城の周りは野原で何もなかったとガイドの方は話してくれた このガイドさん天守閣から見える和歌山の今昔を詳しく説明してくれた 結構おおきな立派な建物が並んでいる 海岸付近にはかっての住友金属の高炉がある また遠くは徳島が見えるという 松下幸之助 有吉佐和子 陸奥宗光 西本幸雄 などが和歌山の著名人 最近の話題では夏の甲子園で優勝した智辯和歌山高校が市の郊外の紀三井寺近くにある 

この紀州からは5代将軍の吉宗と14代将軍慶福(家茂)が出ている 吉宗はご存知「暴れん坊将軍 家茂は若くして将軍になったが尊王攘夷の時代 不運が続いた そして慶喜に代わった 慶喜は最後の将軍である もっとも家茂は紀州ではなく江戸住まいだったので紀州とは縁があまりない

帰りに「ぶらくり丁」を覗いて見た なんとシャッター通りとなっている 立派なアーケードが残っている 同じ商店街でも高松に比べれば活況は雲泥の差である 高松の商店街の皆さんが頑張ったからだと思う 時代の栄枯衰退を強く感じた和歌山であった

 

2021年8月12日木曜日

関西桜紫会会報 第21号届く



関東に続き関西からも会報が届いた コロナの影響で9月の総会は来年に延びるとのこと 致し方ない ここ数年はご無沙汰しているので様子は分からないが大体100名は集まる大きな会である 私より先輩が三分の二 後輩は三分の一くらい 会費が1万円というのも若い方には痛いかもしれない

紙面は新しい校舎の様子を紹介している いわゆる第1期工事が終わり、後は体育館などの建設になる 楽しみである 2学期からは新校舎での授業が始まる 私も寄付をした 何かの足しになっただろうか 新校舎を早く見たいものだ 昨年6月に予定していた高松での同期会も来年あたりには開催するようなので是非行きたいと思う
世間はオリンピックも終わり次は高校野球が開幕した 高松商業は作新学院と第6日目に戦う しかし作新学院の方でコロナ感染者が出ているので実際に試合があるかどうかは不明だ 

高松商業は大正・昭和・平成で勝利しているので今回令和で勝つと4時代制覇ということになる 高松商業はオリンピックのハンドボールにも2人の女子選手が出場 やはり素晴らしい伝統校である 高校まで高商に隣接するところで暮らしていたので嬉しい 今はあの辺りはどうなっているのだろうか 

高松商業のHPを見ると、スッキリしている 母校と比べてみると高商の方がいいと思う 昨年2020年に120周年を迎えた 伝統校である 定時制も併設している 学生数は937人 卒業生は35,946人 進学校ではないので大学進学は少ないがそれでも国公立が30人 私立が225人の合格者を出している 延べ人数だから実際の進学者は分からないが頑張っている これからもますますの発展を期待したい