2022年3月14日月曜日

伏見の酒蔵を歩く



JRが発行する「駅からはじまるハイキング」というパンフがある 一度行きたいと思っていたので出掛けてみた 伏見桃山で下車したのは初めて 同じ伏見でも伏見稲荷大社は何度もお参りしたことがある 地図をみると結構伏見区も広い 
伏見は名水の町 かっては「伏水」と呼ばれていた良質な伏流水に恵まれた土地 今でも伏見七名水がある その伏流水の地に18の蔵元があるという 月桂冠 黄桜など 組合に入っていないところをいれると28もあるらしい
まず伏見桃山駅を出ると山側に大きな鳥居が見える 御香宮(ごこうのみや)神社である 歴史は古く平安時代に病気に効く香り高い水が湧いたということから清和天皇が「御香宮」の名前を賜ったと伝わる古社 確かに名水が涌いていた 少し甘い味がした
この神社を山側に向うと秀吉の伏見桃山城がある 近年の建築なので今日はパスして大手筋商店街に向う 商店街の横道に入ると伏見酒蔵小路というところに出る 酒造組合に属する日本酒のテーマパークである そこを横目にして路地を歩くと竜馬通りに出る お土産屋などで賑わっている 黄桜のカッパカントリーもすぐ近くある

坂本竜馬が滞在していた寺田屋が堀の近くあった 残念ながらコロナで休業している ちょっとゲートから覗くと小さな竜馬の銅像があった やけに小さかった ここで伏見奉行所が乗り込みおりょうが竜馬を裏から逃がしたのは有名 ただそれだけなのだが
お堀つたいに歩くと月桂冠大倉記念館に出る 酒蔵の古い建物が見事だ 酒の香りもしてくる 風情ある風景だ
この付近は中書島 観月橋 宇治川があり昔は伏見十石舟が往来していた交通の要所であった 落語では三十石舟という噺がある 酒好き 特に日本酒好きの人にはたまらない場所であることは間違いない


2022年3月13日日曜日

食の宝島!小豆島を生んだアツーイ理由とは?


3月12日のブラタモリは小豆島だった タモリも浅野アナも初めての小豆島 オリーブ しょうゆ そうめん ごま油 と小豆島がどういう関係かを探る内容だった それが地質と関係しているとは 地質に詳しいタモリも素晴らしい・珍しい島と大満足だった
案内人は香川大学の長谷川修一先生 前回の高松に続いての登場だった 四国電力の友人の話だと電力におられたとのこと 香川大学のHPによると松江市出身 東京大学大学院理学修了とのこと 私より9歳年下 たぶん香川大学が工学部を作ったときに電力から大学の助教授に転じたのだろう ソフトな語り口は印象が良かった 地質の専門家である
それにしても火山により島が出来たり山が出来たり自然の歴史は奥が深い 小豆島も火山により出来た島であり山である 安山岩 角礫岩 花崗岩 何層にも重なっている 棚田も地滑りで出来ている自然現象である タモリは実に詳しい 私たちも少し勉強したらある程度は分かるかもしれないが タモリは本当に詳しい 


寒霞渓から見る景色は壮大だ 紅葉を見るだけでなく山の成り立ちを聞くと興味深い 中山千枚田も見事 ここでお米と小麦の二毛作 小麦は素麵の材料となる 手延べそうめん「島の光」は偽ブランド品が出るくらい有名である そしてこの素麺にごま油を入れている だからゴマ油の最大の生産地となっているという 他の三輪や播州の素麺は綿実油を使って麺を伸ばしているようだ 小豆島の素麺はそこが一味違う 島原の素麺がルーツと聞いたことがある
大坂城(当時は大阪ではなく大坂)の石垣も小豆島から運んだ ひとつの藩からだけと思っていたが7つの藩が各地区で分担していた 番組では出なかったが当時和歌山の湯浅の醤油を島にから持ち込んできたという ちょうど海に面して塩が作れるのも地質のおかげだ 塩田は小豆島にもあったのだ 知らなかった
オリーブは150年前にギリシャから持ち込まれたもの  これも小豆島を象徴するもの 以前食べたことがあるがもうひとつだったのであまり好きではない

小豆島といえば2010年12月に逝去した川口俊文さんを思い出す 彼は1年年上だつたが同級生 理系の11組だった 陸上競技棒高跳び ハンドボールの主将でインターハイも2回出場 大学は日大生産工学部 私より1年遅れて同じ会社に入社 その後 一級建築士として独立 小豆島で設計事務所を開いた 64歳で天国に逝ってしまった
彼の友人で同じ小豆島の勇さんがいる 何組だったかは覚えていない 彼は土庄町大部で代々続いた醬油屋さんを営んでいる 番組でも商品が並んでいた 主に家島方面に出荷しているので姫路方面で販売されている

小豆島といえば二十四の瞳 島には何回も行ったが小学生の頃に行ったコースを覚えている 特にマルキン醤油の見学が強烈だった しかし今日の番組で知らない島の魅力を知った 再度行きたいと思う





2022年2月26日土曜日

巨大な海城は町をどう発展させた?


2月26日(土)人気番組のブラタモリが高松にスポット 冬季オリンピックで放送がだいぶ遅くなった ロケは1月に行われたらしい ブラタモリの香川県でのロケは 金毘羅さん うどん県に続き3回目となる 3月12日には小豆島が放映される

今日のお題は海城が町をどう発展させたか?まず高松城からスタート 浅野アナは愛媛県生まれとかで高松には遊びに来たことがあるという この高松城 我々には玉藻城という方が馴染みがあるようだが仕方ない お城の中の水手御門 月見櫓こと着見櫓の紹介から 知らないことばかり 特に水手御門を開けると海につながる「マイ桟橋」になっているのは知らなかった 月見櫓も海上を行き交う舟を監視するところとか まさに海城(うみじろ)ならではの風景 また大きな天守閣は四国一の大きさだったとか はやく復元が待たれる 1588年に生駒親正が築城したお城は秀吉が命じたという 関ヶ原の戦いの8年前とか 瀬戸内海を往来する毛利や島津を見張っていたのか?

続いて立派なアーケードを通り大井戸に向う 南新町の商店街から少し東に入ったところに神社があった 全然知らなかった 井戸が掘られている この他に市内には3つの井戸があったようだが今はお城の中とここだけ この井戸から上水が配られていたという 玉川上水よりも20年前にあったという

この水のもとは香東川である それの名残が栗林公園にあるという タモリ一行はそこで川のような長い池を発見 もともと香東川は今は栗林の山の西側に流れていたが昔々は東側に流れていたという ただ洪水氾濫が多くお城にも影響が出るので付け替えたとのこと この池はその名残と言える タモリは栗林公園はきれいだ綺麗だと盛んに褒めていたのが嬉しかった 確かにそう思う 後楽園 兼六園 偕楽園も行ったがその通りである

最後に屋島に向う 屋嶋城(やしまのき)は古事記にも出てくるらしい これも海城である 高松市内が一望できるところに石が積まれている 復元中とのこと 南嶺にあるようだが我々の時代にはそんな話は全くなかった 歩いて登ったことは何回もあるが最近分かったことのようである

今回の放送は知らないことばかりだった 高松は海から見ればきれいな都市だ 空からも素晴らしい 故郷を離れて50年余り このような素晴らしい環境を子供たちにも伝えて誇りがもてる都市にして欲しい 巨大な海城が町の発展に尽くしたことも良く分かった 屋島の麓の町 今は古高松というところが栄えていたことも分かった 今回のタモリさんからのプレゼントは素晴らしいものだった なお このブラタモリシリーズ 高校の後輩が番組作りに協力しているという話が聞こえてきた







元離宮二条城は世界遺産





京都の世界文化遺産は16社寺1城の計17カ所 古都京都の世界遺産登録は1994(平成6)年にユネスコの世界文化遺産に登録された ほとんど社寺だがたったひとつお城がある この城が元離宮二条城である 実はここだけが行ったことがない 記憶がないのである どうしてだろう たぶん天守閣がないから興味なかったのだろう  

 

1603(慶長8)年 家康が天皇の住む京都御所の守護と自らの上洛の際の宿泊所とするために築城 その後1867(慶応3)年に15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で大政奉還するまで約260年もの間 徳川家のお城であった その後は宮内庁が離宮として管理し本丸に桂宮の建物を移築した

 

立派な東大手門を入ると見事な唐門の奥に表書院が見える ここは国宝二の丸御殿である 面白い造りになっている 雁行である 奥へ奥へと導かれるようになっている 一番奥の白書院が将軍の居間と寝室 その手前の大広間で大政奉還が行われた 慶喜や家来の人形が置いてある 屋内の写真撮影はすべて禁止 立派な襖絵も全部本物ではなく複製品 がっかりした 国宝は収蔵館にしまってあるとか 狩野探幽の作品を見たかった ただし年4回240日に公開される なにしろ広いところなので警備の目も多い 本丸御殿・庭園は二の丸とつながっているのだがここも改修中とかで見ることが出来ない そこには5層の天守閣が建っていたが江戸時代に焼失

 

お城なんだがイメージとは異なる城郭建築である 南側には神泉苑もあり昔は加茂川もここを流れていたとか 今の堀川がその面影を残している ひろいひろい堀川通は加茂川だったと思う 

 

今日の散策はこれも初めて行った壬生寺・新選組の屯所であった八木家 それに神泉苑を回った 壬生寺は壬生狂言でも有名 しかし今はお寺の経営だろうか社会福祉施設等が建っていて風情は全くなかった 狂言を行う建物も保育園と隣接してガッカリした 壬生寺のすぐ近くにある新選組の屯所は今はお菓子屋さんの保有 新選組は言わば京の治安を守る警察部隊の近藤勇 土方歳三 沖田総司 芹沢鴨らがここに住んでいた ここはずいぶん町はずれにあったと思うが当時はどうだったのだろうか この後人も増えたので西本願寺東北隅の太鼓番屋に移転している  

 

世界遺産は次の通り 4月は醍醐の花見が楽しみである 予定しています 賀茂別雷神社(上賀茂神社)賀茂御祖神社(下鴨神社)教王護国寺(東寺)清水寺 延暦寺 醍醐寺 仁和寺 平等院 宇治上神社 高山寺 天龍寺 龍安寺 本願寺(西本願寺)  元離宮二条城 鹿苑寺(金閣寺)慈照寺(銀閣寺)西芳寺(苔寺)である   





       

 

2022年2月5日土曜日

大阪中之島美術館 開館



2月2日に待望の大阪中之島美術館が開館した 開館までに紆余曲折を経てようやく中之島に登場 南側には国立国際美術館が並んでいる 建物は黒い箱になっている ひときわ目立つ 猫が出迎えてくれる なんの猫だろうか? また館内には巨大なロボットらしき鉄腕アトムのようなものもある
このコロナの時期 鑑賞はすべて予約制である 当日券もあったらしいが私はネットで予約した 4日12時から 建物の全体や内部を見たいから少し前に到着 1階にはホールやワークショップの教室などもあった
600円でガイドを購入して入場 最近は絶対にガイドを買うようにしている 早速 お目当ての佐伯祐三さんの作品がずらっと並んでいる これは山本發次郎が大阪市に600点近く寄贈したもののひとつである この寄贈が中之島美術館建設のルーツであるらしい 他にもたくさんの方からの寄贈があった 今回の開幕展はそれらのコレクションを展示したものであるらしい 展示の99作品は未完成という意味を示している つまりまだまだ寄贈をお願いしたいということだろうか 
もちろん大阪市が税金の無駄遣いといわれたモジリアニの作品も展示してあった 17億円で購入したものが今では4倍以上になっているらしい 

ところで大阪市の今の財政はどうなっているのだろうか?2025年には万博の開催 2028年ごろには総合リゾート構想(いわゆる「IR」)と続く 財政負担が心配だ 橋下徹さんがせっかく財政再建したのにまた借金づけでは困る 今迄は市の負担がないという話が今は1000億近くの負担が出るということになっている これでは自民の二の舞になる 維新も同じことをやっている それでは市民としては困る話だ

2022年2月4日金曜日

カムカムエヴリバディは面白い


 

在宅勤務が増え「朝ドラ」を観る機会が増えた 昨年の「おちょやん」に続き今回は「カムカム・・・」を楽しみにしている NHKの大阪放送局と東京局が半年ごとで交代で製作している番組だ 特に大阪局は関西が舞台なので身近に感じる 放送はBSPで朝7時30分から地上波では8時からと12時45分から 私はBSPで観ることが多い               

 

脚本を担当しているのは藤本有紀さん 1967年生まれ 兵庫県出身 「朝ドラ」では前回の「ちりとてちん」に続いての登場 落語がテーマの「ちりとてちん」も最高に楽しかった 福井県小浜市出身の女性が高校卒業後に大阪に出てきて噺家を目指すストーリー 落語好きな藤本さんの遊び心が随所に出てくる この「朝ドラ」のおかげで小浜市では今でも女性落語家の大会がある 私にとっては驚きの連続だった

 

さて「カムカム」はどうか 親子三代の100年ストーリー これも珍しい 岡山の和菓子屋の娘 安子から始まる 「やすこ」を「あんこ」と呼ばれるのも洒落のひとつか?優しい岡山弁が懐かしい 岡山といえば学生服 雉真繊維は「トンボ学生服」がモデルか 学生服といえば他に「管公」「富士ヨット学生服」児島が発祥である 「管公」は言うまでもなく菅原道真公から名前をとっている 夫の稔さんが通った大学は現在の大阪市立大学 私の受験校だった ここでも戦争の悲劇が・・・「カムカム」で学んだ英語が得意だった安子はアメリカに

 

長女の「るい」は稔の弟の勇が好きだった野球の「塁」ではなくルイ・アームストロングの「ルイ」からとったもの そして「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」からとった「ひなたの道」を歩く・・・長女の「ひなた」 長男の「桃太郎」は桃山剣之介から

 

岡山・大阪・京都と舞台は続く 特に京都では鴨川の風景に引かれる そして映画村が出てくる 

 

ストーリーには伏線が織り込まれている 落語好きな脚本家が名付けた「赤螺吉右衛門」は落語の「片棒」に出てくる 赤螺屋吝兵衛(あかにしや・けちべえ)がモデル けち一筋で一代で身代(しんだい)を築いた人物である 

 

カムカム英語 時代劇 野球 あんこ トランペット 桃剣 1967年生まれの藤本さんは旗本退屈男を知らない筈なのに どうしてそこまで知っているのだろうか 本当に良く出来た朝ドラであり今後も楽しみである

2022年1月17日月曜日

新校舎見学会のニュース



昨年12月5日に母校の新校舎見学会があった 後輩がLINEで送信してくれた 後輩もある方から送信してもらったとのこと たくさんあるうちの3枚 プロが写したような写真である 
まるで絵に描いたような屋上からの景色 遠くに屋島が見える 吹き抜けのロビー きれいな教職員室 日本を代表する設計会社の日本設計の設計だから美しい ここで学べる生徒はうらやましい 
私たちが入学したのは1962(昭和37)年4月 当時の平面図が学園誌に掲載されている 施設は老朽化が目立つと書いてある 校門を入って右に図書館があった その年の9月に体育館が竣工した 卒業した昭和40年4月からは鉄筋コンクリート造りの校舎が竣工した それらを全部壊しての新校舎である 体育館は来年度の竣工となる
従って我々の時代は立派だが古い校舎だった 木造2階建て?だったか 1年生の時は1年5組が突き当りにあって4組はその手前にあったのを覚えている 廊下を歩く担任の宮崎先生の怖い怖い靴の音が聞こえる教室だった その他のクラスはどこにあったのか覚えていない 2年3年は講堂を取りこわした跡地に建った新校舎だったと思う 3年の時の4組はこれも突き当りの教室だった 隣が女子だけのクラスだったような気がする 
その懐かしい教室も今はなく全く新しい校舎になった 少子化で大変な時代 県内唯一の市立高校として存在感を示すのは大事だ 今は音楽では全国に名を轟かせている 一本足打法では駄目だ 他に売り物になるコースを作らねばならない 体育でも良し ICTでも良し 何か特徴のある高校になって欲しいと願う
母校のHPをみると旧校舎の写真を載せている なぜ新校舎にしないのか その感覚が分からない 母校に電話して指摘すると「そうですね」とのこと 誰が担当しているか知らないがそのあたりはきちんと対応した方が良い 21世紀枠を目指すのなら