栗林公園駅で駅員に「ウクライナカラー」の電車(2両のみ)のことを聞いたら今日は走ってないという返事 土曜日くらいは運行して欲しいと伝えた 途中 仏生山駅の基地で見かけた ものすごく揺れる電車に乗って陶駅で下車 そこで綾川町の公営100円バスに揺られて目的地まで セルフの山田うどんに向う「しょうゆうどん・かき揚げ・赤飯」を注文してゆっくり昼食 さすが讃岐うどん 安くて本当に美味しい あまり情報誌には載っていない店である 超有名店「山越うどん」が近くにあるのでここまで来ないのだろう
2022年5月8日日曜日
2年ぶりの高松 その2
栗林公園駅で駅員に「ウクライナカラー」の電車(2両のみ)のことを聞いたら今日は走ってないという返事 土曜日くらいは運行して欲しいと伝えた 途中 仏生山駅の基地で見かけた ものすごく揺れる電車に乗って陶駅で下車 そこで綾川町の公営100円バスに揺られて目的地まで セルフの山田うどんに向う「しょうゆうどん・かき揚げ・赤飯」を注文してゆっくり昼食 さすが讃岐うどん 安くて本当に美味しい あまり情報誌には載っていない店である 超有名店「山越うどん」が近くにあるのでここまで来ないのだろう
2年ぶりの高松 その1
2022年4月19日火曜日
大きな藤棚の下で
藤は大阪市内では福島区野田周辺に多く咲いている 約30か所もある 福島区の花は「藤」である その昔 関西では「吉野の桜 野田の藤 高雄の紅葉」とならび称された藤である 福島区野田は藤の名所だったと言われている この「のだふじ」は淀川上流から流れ着いた藤が根付いて平安時代末期には一帯で自生していたらしい 今から1000年以上前から知られていたのだ 特に室町幕府二代将軍足利義詮が「住吉詣」の帰りに詠んだ歌「いにしへの ゆかりを今も紫の ふじなみかかる野田の玉川」が有名 その後 文禄3(1594)年に秀吉も見物に訪れたとのこと ただ1945年の大阪大空襲で多くが焼失 戦後に地元住民が接ぎ木などで少しづつ増やしてきたという その努力の賜物である
藤の名所は全国にあるようだ 日本三大名藤というのがある 春日部市の「牛島の藤」奈良春日大社万葉植物園の「春日野の藤」ここの「のだふじ」もその一つだ 素晴らしいと思った 下福島公園で撮影したがルーツである公園近くの小さな春日神社の藤も必見のようである どうも「春日」というのがキーワードである 春の日=藤だろうか?
2022年4月12日火曜日
哲学の道を歩く
南禅寺の疎水は哲学の道につながっている 南禅寺 永観堂 若王子神社のコースは京都の代表的な散歩道 本当は桜の時期が良いのだが時期を逸してしまった 桜は落下盛んというところか 銀閣寺から歩く人が多いようだ 今日は逆のコース 最初から法然院までと決めて歩いた
南禅寺水路閣を歩く
南禅寺の中を琵琶湖疎水が通っている このことは有名である どのように流れているか確かめに行った 蹴上の駅から南禅寺方面に歩くと「ねじりまんぼ」に出る なんだろう まんぼはトンネルのこと ねじりはねじれていること タイルがねじれて貼ってあるトンネルのことを「ねじりまんぼ」と呼んでいる このトンネルの上が「インクライン」でレールが敷いてある トンネルをくぐると南禅寺への近道 くぐって右に折れると疎水に出る 明治の初めに琵琶湖からの水をここに持ってきたのが東京の田邊氏 若き姿の銅像が立っている 疎水の近くまで歩いていくと南禅寺トンネルに出る このトンネルが哲学の道につながっている もともと管理用の水路だったのが整備されて哲学の道になっている
醍醐の花見
醍醐の花見で有名な醍醐寺 この日の翌日に「太閤さんの花見行列」があるということだったがもう自慢の桜は散りかけていた 一度このお寺には来たことがある だいぶ昔々のことである 交通の便が良くなり地下鉄の醍醐駅から徒歩で約8分 他には六地蔵駅からバスが出ているという 今回は京阪三条から地下鉄に乗った 乗った電車が浜大津駅行き この線は京都市地下鉄の東西線と京阪電鉄の京津線が走っているので間違いやすい 山科の手前の御陵で乗り換え醍醐に到着
2022年3月20日日曜日
印象派・光の系譜 展覧会
イスラエル博物館所蔵の作品が大阪にやってきた ゴッホ ルノワール ゴーガン モネなど初来日が多い 展示の中で6作品が撮影可というのも嬉しい
まずゴッホ「プロヴァンスの収穫期」 1888年の作品 南仏の麦畑を鮮明なタッチで描いている ゴッホにとって黄色は太陽の色 「ひまわり」も同じように黄色を使っている 浮世絵にあるような明るい色を求めてパリから南仏アルルにやってきたゴッホ 日本では7作もある「ひまわり」のひとつが東京にある 続いてルノワール「花瓶にいけられた薔薇」 ルノワールと言えば肖像画 もちろんこの会場にも3点が飾られていた ただ撮影は禁止 1880年頃の作品 印象派の中でも唯一労働者階級だったルノワール 楽しくなる絵しか描かないと幸福感に満ちた作品を描き続けたそうです