2016年10月7日金曜日

体育科の先生たち


体育科は体操服を着ているからすぐ分かる 前列右から植松先生・樋口先生・内海先生・黒川峰子先生 後列は右から宮本先生・宇條綾子先生・諸節綾子(養護教諭)先生・樋口先生・國金先生 たぶん左端は國金先生と思うけど間違いないかな 上の枠は右から小田先生・谷本先生
我々の時代にお世話になった山西寛先生がいない 「やまかん」先生は昭和39年3月31日に県立体育館主事に栄転された 「やまかん」先生はハンドボールを指導していたように思う あの頃のハンドは強かった 植松先生も「やまかん」の後を引き継いで常勝チームに育てた 親友の俊文くんが部長 全国大会に4年連続出場とは凄い 部員がたったの12人 3年は2人 2年は5人 1年は5人 試合は7人で行うから最小限のチームではなかったのか その前の年が17人 その前が19人25人 県内では敵なしの黄金時代を迎えていたのである 
宇條先生は体操部・器械体操部の顧問だった なかなか厳しかったのではないか 教わったことはないが名物教師であったことには違いない 厳しいが反面面倒見の良かった先生 平成25年11月10日にご逝去された 97歳 一高には昭和25年から昭和52年まで在籍された 名物先生は何時の時代も生徒にも愛される ひとりひとりを大切に育てて欲しいものだ

2016年10月4日火曜日

運動会の定番 玉入れ


今年も孫の運動会に なにしろ同じ小学校に2年・3年・4年に在籍しているので観るのも忙しい 来年は1年に入学するので更に大変なことになる 全員男子とは・・・男子は大器晩成 女子はこの時期成長が早いのを物凄く感じる 「おませ」という言葉は女子のためにあるような気がする
玉入れは1年生の競技 運動会にはなくてはならない種目だが1年生でうまく入れれるのかなあと思っていたが案外上手だった 白組・赤組での対抗戦だ 終わって数える時が面白い 玉をひとつづつ出すのかと思っていたが なんと2つ出して「ひとつ・・ふたつ・・・」と上に投げていた なるほど時間短縮? 最後は飾りを出して終了を知らせる 2回戦戦い いずれも僅差で白組の勝利 可愛らしい1年生の喜ぶ姿がなんとも言えなかった しかしこの日は暑くて暑くて 敬老席を用意してくれたので助かった 10月だというのにこの暑さ たまったものではない
さて10月 もうすぐ古稀を迎える 数えでお祝いするのが通常のようなので本当は去年が古稀だったらしい しかし満で行くと今年70歳 大阪市から敬老優待パスをもらったので早速地下鉄に50円で乗車した バスも50円 助かるなあ ありがとう大阪市

2016年9月25日日曜日

数学科の先生たち


数学の先生たち こんなにいましたか 前列の宮崎先生 齋藤先生 後列の本庄先生 牧田先生は覚えていますが他は良く存じ上げません 数学といえば矢野健太郎先生という数学者がいたことを思い出す 東京工業大学名誉教授 たくさんの本を書いている
数学は難しい どうしても受験数学になる 学校では教えない数学というのがある これを楽しく教えて頂ければもっと数学が楽しくなるはずだ
落語の小噺にこんな噺を聴いたことがある 江戸の噺家 林家正雀だったと思う 親が亡くなったので遺言で親の馬を分けることになった 長男に二分の一 次男に三分の一 三男に十二分の一 ところが馬は11頭しかない 割り切れない そこに通りかかったある男 話を聞いて「よしわしの馬を1頭貸そう」ということになった 馬は12頭 長男には6頭 次男には4頭 三男には1頭と分けられた 全部で11頭ということでメデタシメデタシ 1頭残った 男はそれじゃといって自分の1頭をゆうゆうと何事もなかったかのように連れて帰ったとか これはエジプト分数という分野 煙に巻かれた噺をマクラにして正雀は馬に関する落語をするのである 高校時代にこういう話をしてくれればもっと興味が沸いたのに・・・・もう手遅れである 高校の数学の先生にその話をしたら大変興味をもって聞いてくれた 先生でも知らなかったようである

2016年9月20日火曜日

𠮷野家の牛丼は・・・


日経新聞の私の履歴書9月は安部修仁氏 ミスター牛丼が1か月にわたり連載している 毎日読ませていただいている 昭和24年生まれ 頑張っている様子が分かる やはり順風満帆では面白くない ドラマにならない 倒産 立ち直り 今日の記事に「今まで出来ない理由ばかりを考えていた」「何が出来るか」を考えなかったとあった 印象に残る言葉だ
ところで築地が第1号店とか 築地が豊洲に移転 これを記念して出たのが「松茸牛丼」 期間限定の商品で単品で700円 並みが350円くらいだから高い 味は期待外れだった 残念 ここの牛丼は私だけなのか 紅ショウガがなければ完食出来ないから不思議だ たっぷりかける ショウガが食欲を増すのだ
高松勤務の時に空港通りに香川第1号店が出来た 確か平成3年か4年 家に帰る途中にあったので時々寄ったことがある 大阪は早くからあった 特にビジネス街にはたくさん出ていたが地方は珍しかった 今は全国どこにでもある また女子が一人で入る光景も見る 勇気がいるだろうなと思ってみている これは偏見だろうか 高松はうどんやが多い だけど𠮷牛も頑張っている 私自身は松屋とかすき家には行ったことがない 

2016年9月10日土曜日

兵馬俑を観てきた


8月に「秦の始皇帝と大兵馬俑の特別展」を大阪・国立国際美術館で鑑賞 10月2日まで開催している この美術館はなんと地下にある 地下3階に展示場があるというのも珍しい 音声ガイドを500円で購入 壇蜜さんの甘い解説が楽しかった ナレーションも素晴らしい よく分かった 秦の始皇帝というのは紀元前259年10月生まれ 史上初めて中国に統一王朝を打ち立てた歴史上の人物 教科書で習った 始めての皇帝なので始皇帝か なるほど
兵馬俑は1974年に長安(西安)で発見以来なお発掘が続けられているという それぞれ役割の違う兵馬俑 顔も違う 名前・呼び方も違う この写真は本物ではなくレプリカ だから写真撮影可能だった 出口に置いてある 実物は8体だけであった これは撮影不可だった 
こういう展示をみていつも思うのは人間自身はあまり技術は進歩していないのではないかということ 電気などはなかったので全部手作り 戦いに明け暮れしていた時代だったのだろう 皇帝の力も示さないといけない だからこのような兵馬俑を8000体こしらえた この秦の時代は始皇帝が亡くなると消滅してしまったのだから始皇帝は後継者も考えず絶対権力であったのだろうか
同級生の建治教授は中国のことを研究している 彼は鐘馗さんの研究では第一人者である 彼もこの兵馬俑を観たに違いない あまりそんなことを聴いたことがないので次回会ったときに聞いてみたいものである

2016年9月8日木曜日

国語科の先生たち


後列右の綾井敬典先生が左手をズボンのポケットに入れている姿は珍しくない 一段と背の高い先生は久保田実先生 宇喜多満智子先生の隣は菰渕和士先生 前列は右から南一郎先生 そして隣は池下美代子先生 そのくらいしか分からない ずいぶんたくさんおられたのだなと思う
国語はどんなことを教えてもらったのか 
中学時代は友人で万葉集を「まんばしゅう」とか徒然草を「とぜんそう」と読む人がいたが 高校時代はさすがいなかったと思うがどうだったのか 
桂三枝作の落語に「読書の時間」というのがある 好きな噺で大変面白い 先生が生徒にどんな本を持って来たか聞くシーンがある 島崎藤村を「しまざきふじむら」 金色夜叉を「きんいろよるまた」 細雪を「ほそゆき」 奥の細道を「おくのささめみち」 武者小路実篤を「たけものしょうろじっとく」と読んだり 伊豆の踊子を「いまめのおどりこ」と読んだりする高校での読書の時間 何回聴いても面白い さすが三枝(今は六代文枝)さんだ
確かに読み方は難しい 高松でも市内の地名で中間 弓弦羽 また香川県内の地名で田面などはなかなか読めない 栗林というのも「くりばやし」ということになるのかな 慣れは怖い 国語の時間は真面目に勉強したように思う

2016年9月1日木曜日

瀬戸大橋は素晴らしい


瀬戸大橋で岡山方面に向かっている もうじき児島だ 児島には4組の同級生がいるが卒業以来会ったことがない 住所も分かっている 案内状も届いている しかし同窓会には来たことがない かすかな記憶では「もう案内は出さないで欲しい」といったような趣旨の返事が届いたように思う 同級生としては残念である もうこれ以上追うまいと思って何もしていない 時々彼の噂が出るのだが 続かない 全く会ってないクラスメイトは他にもいるが彼らは住所不明なので連絡しょうがない 
最近私の周りにも来年からは出ないから案内しないで欲しいという人が出てきた 彼は大学時代のクラブの仲間である 突然宣言したので周りの者が驚いた 彼は多くは語らなかった 
この年になると高校 大学 会社の集まりが多い 会社のОB会は退職してからも上司と部下の関係が残っているから私自身も好きではない 同期は別ではあるが やはり高校 大学が楽しい 10月には京都で仲間が集まるので楽しみにしている