2018年6月22日金曜日

「これから音頭」を歌う



「これから音頭」を歌うのは弘文くん 我々世代にぴったしの歌 まずは聴いてみよう 「すぎて来たあと ふり向くよりも いまを楽しく 生きようよ ながい人生 落ちこぼれずに よくぞここまで 来れたもの まだまだ じんせい これからだ これから音頭で 健やかに スコヤカに」これが一番「 遊ぶことより 働くことに いのち燃やして きた世代 あとはまかせた 子供や孫に そして余生をのんびりと まだまだじんせい これからだ これから音頭で健やかに スコヤカに」が二番 全部で四番まである 歌と作詞大泉逸郎 作曲荒木良治となっている
さすが弘文くん 彼とは1年5組で一緒だった 一緒のクラスだったのは1年間 わずかの間だったが印象は大 彼にまつわる「武勇伝」は過去に紹介したことがある 2年では生徒会でも活躍 ひとくちで言えば人間が出来ていた 今では家業のお寺を継いでいる 一度その名刹を訪ねてみたい
5組は野球部の敬さんしか知らない 会が終わって懐かしい女性に出会った 5組の益代さんとは久しぶりの再会 私を覚えてくれていて感激 遠方から来られていた 元気でなにより 
「これから音頭」ではないが まだまだ人生これからだ 振り向くのも無駄ではないが前を見て歩くのも大切 
私の好きな詩人の坂村真民さんの歌に「二度とない人生だから」という詩がある 
二度とない人生だから 一輪の花にも無限の愛を注いでゆこう 一羽の鳥の声にも無心の耳を傾けてゆこう 二度とない人生だから・・・・そんな気持ちを持って前を向いて歩こう 弘文くんの前向きな姿に感謝 元気を頂いた これが同窓会の良いところである

2018年6月21日木曜日

6組と4組の歌合戦


今回もトップでマイクを握ったのは6組の美女軍団 選ばれし熟女がステージに上がると華やかになる 歌ったのは「高校三年生」などという野暮なものではない 確か越路吹雪の歌ではなかったか 「サントワマミー」だったか 私は美女の一人に撮影を頼まれていたからあまり覚えていない 美女に撮れるように写したのだ 元写真部としては出来るだけナイスショットを撮りたいとやや緊張 あれ10名参加なのに8名しかいない
それに比べて我が4組は「青い山脈」 ソングリーダーの紀子様が選んだ さすが選曲が素晴らしい この明るい歌はカラオケにはピッタリ ただ古すぎる 男性陣では晃さんがソングリーダー 彼はだいぶ投資している 2次会でも歌いに行こうと女性陣を誘ったが残念ながら振られたのである 晃さん哲さんらの高松組は年3回から4回 美味しいものを食べに行こうということで集まっている うらやましいといえば羨ましい 
幹事には申し訳けないが今年は何かしら盛り上がりに欠けた 恩師が6名から2名になったことも一因 前回の後 桑田先生はご逝去された 秋山先生 綾井先生 菰渕先生はご健在だが諸般の事情あり 私が幹事だったら出身中学毎にステージに上がってもらい自己紹介をしてもらう やはり全員の声を聴きたいなあ 参加者も嬉しいと思うのだが
同窓会の翌日 秋山先生宅を5名で訪問した おおようきた ようきた と歓迎して頂いた そしてひとりひとりに近況を尋ねた クラス全員の名前も読み上げて元気にしていますと話した 先生は今年の1月6日に全く目が見えなくなったという 先生の机の上には拡大鏡が備え付けてあった 下に手紙を置くと何10倍に拡大できる機器だった この新兵器も日常生活に欠かせないものだった しかし全く見えないようになった今はどのように使っているのだろうか 聞き洩らした 目以外は全く元気でまもなく93歳を迎える 長寿を祈念したいと全員握手して ご自宅をおいとました

3年ぶりの同窓会は

高校時代の同窓会開催 3年ぶりである 今回は91名 前回は138名だったから34%減 県外からは何名だっただろうか 私の知る限り15%くらいだっただろうか 我がクラスも今回は11名と少なかった 前回は16名だったのに 今回は11組の14名が一番だった 回ってきた欠席の葉書をみると田植えがあるとか 所用のためとか書いてあった 今回は恩師の秋山先生も欠席だし4組は盛り上りに欠けた
さて16時から始まった同窓会 終わったのは19時 ゆったりした気分であったが時間が長く感じた それもそのはず 10時30分に英和さんと高松駅で合流 11時に四郎ちゃんの店で美味しい「ひやしかけ」を一緒に食べて 我が家の墓参りに行って 幹事の良次さんのお店に一緒に行って14時までホットコーヒーを飲んで 15時にはホテルのロビーで昌宏さん 隆教さんたちと雑談していたからか 疲れた感がある
会は「屋島を出ずる朝日影・・・」の校歌で開会 4番まで歌うことはないがこの日は特別 会長が挨拶して来賓の林先生が面白い挨拶 残念ながら林先生には習ったことはない 昭和39年4月1日付で横浜市立横浜南高校から赴任とある 地理・地学担当 岡山県出身 我々は翌年の昭和40年3月卒だから一部の生徒しか縁がなかったのだろう 本日の来賓の国金先生も同じ昭和39年4月赴任 こちらは東京教育大学卒業後新任とあるから我々と3歳違う計算 当時剣道5段 3年前国金先生は11組の男闘呼組と一緒に歌っていたが 今回は「音なしの構え」だったのが少し気になった スピーチもなかった
メインはビンゴゲームだったが今回は料理の出るタイミングも悪く なんかおかしかった 幹事が屋台の特設の「うどん」が残っている 残っていると叫んでいたが 全然食べる気がしなかった どうせなら「骨付鳥」の方が良かった 文句ばかりはいけないので今日はこのくらいにしておこう それにしても私も含め 皆んな歳をとったなあ  次回は3年後開催 色んな企画を考えているという 楽しみにしておこう

2018年5月26日土曜日

OH! タカラヅカ


宝塚歌劇を観に行った 高校時代に西宮の叔父さんに連れて来てもらったことがある 誰が出ていたか 花組 月組 星組かは覚えていない 50数年前のこと 紅顔の少年にとって衝撃だったことは覚えている
それが今回男性8名で しかも高齢者が 本当に一人で行けるものではない お客様は9割が女性 沢山ある女性トイレは長蛇の列 男子トイレは極端に少ない
今日は楽しみにしていた 実は落語の噺が歌劇になっているのだ 「地獄八景亡者の戯れ」「朝友」「死ぬなら今」の3つの噺を合わせている しかしその他にも背をはやみ岩にせかるる滝川の・・「崇徳院」が出てきたり 落語ファンにとっては素晴らしい「演出」であった 演目は「アナザーワールド」つまりあの世とこの世を行ったり来たり 別世界のあの世が「アナザーワールド」 星組組長の紅(くれない)ゆずるが主役の康次郎 それにしても組長とは怖い 宝塚歌劇でも珍しいストーリーで話題になっている作品だ
休憩の後は「キラー ルージュ」キラーとは素晴らしい人 魅了する人のことを言うらしい ルージュ(紅色)をテーマカラーに「紅ゆずる」率いる星組が華麗なステージを繰り広げる なんとその中に先日亡くなられた西城秀樹の「情熱の嵐」が流れる 「君が望むなら!ヒデキ!」には驚いたが見事な演出である 急遽考えたのだろう 素晴らしい
そして今回の見ものは、今年卒業したばかりの104期生の初舞台 圧巻のラインダンス なんとその足の細いこと 開演直後に代表の3人が「口上」を述べた 小林一三先生の教えの「清く正しく美しく」をしっかりと胸に刻んで精進すると決意表明する これは日替わりで全員が行うらしい 将来この中で競争して「トップスター」が出てくるのである 
今日の感想 女は夢を見る 男は女性の素晴らしさを見る 女の人は凄い 今日一緒に観に行った仲間から貴重な話を聴いた 住んでいた家の前には大空美鳥というスターがいたことを 美しいお姉さん タカラジェンヌは永遠である

2018年5月17日木曜日

真言宗豊山派本山 長谷寺は花の寺



大阪市内から名古屋に向かう電車で1時間 長谷寺駅に到着 今日は3回目の訪問だ 駅前は本当に何もない「初瀬」という地名表示が目に付く「はつせ」ではなく「はせ」と読むようだ 初瀬山にあるのが「長谷寺」三輪山の南麓から長い谷が続くので「長谷寺」になったらしい
ここは「花の御寺」と呼ばれている 毎月様々な花が咲いている 5月は山吹 牡丹 躑躅 芍薬 石楠花 藤 花水木 6月は沙羅双樹 紫陽花 花菖蒲 山法師 桔梗 などなど 特に5月の牡丹と6月の紫陽花が有名である 私も花が好きなので牡丹を見に行った しかし既に時期が過ぎていた 連休くらいが良かったらしい
長谷寺の縁起は686年に始まる 727年に奈良の聖武天皇がご本尊の十一面観世音菩薩を祀った その後 弘法大師が広めた真言宗の寺として信仰を集めている 山号が「豊山(ぶさん)」従って真言宗豊山派本山 根本道場とも呼ばれている 全国に長谷詣 長谷信仰が広まり今では三千の系列のお寺が全国にあるらしい
弘法大師さんというと四国八十八か所となる しかしすべてが真言宗であるという訳ではない 殆どが真言宗ではあるが 善通寺は真言宗善通寺派 しかも総本山である いろんな派閥があってなんだか複雑で覚えられない 松山の51番札所の石手寺は長谷寺と同じ系列である 香川県には豊山派はないようだ 
長谷寺は花の他 長い長い回廊が有名だ 山門をくぐるといきなり緩やかな回廊が続く 段々きつくなる しかし岡山の吉備津神社の回廊の方が少し長いかもしれない その他大きな観音様 10メートルもある 足の大きさも半端ではない その足が触れる また大観音大画軸も16メートルもあって縦に吊るせなくて横に寝かせている とにかくスケールが大きい
近くには女人高野と言われる室生寺もある こちらは真言宗室生寺派も総本山 今日は行けなかったので次回の楽しみに置いておこう

2018年5月12日土曜日

瓦せんべい「宗家」「総本店」


従弟から高松の瓦せんべいのことを聴かれた 従弟の母の7回忌に高松の「瓦せんべい」を取り寄せたいとのこと 私は「硬い方か 柔らかい方か」聞いた 確か「大きい硬い方」とのこと 2つあることは知っていた 兵庫町が硬いの 片原町が柔らかいの と覚えていた
良く調べると片原町は「轡堂」と看板がかかっている 「総本店」ということらしい ややこしいなあ 紛らわしい 兵庫町は「久つ和堂」の看板がかかっており会社名は「宗家くつわ堂」 ホームページで調べると「宗家」の田村氏が創業者 1877(明治10)年創業の老舗である 一方の「轡堂」はホームページがないので詳細は不明である しかし場所的に三越に近いし2階にゆったりできる喫茶部もあるから有名である 勿論 瓦せんべいも販売している
どんどん調べると他にも高松駅の近くにも瓦せんべいのお店があるらしい 駅の近くなので寄ってみたが今はなかった お店は駐車場になっていた ここは「国宗勝利堂」というお店だった 「くつわ」という名前ではなかった
いずれにせよ高松の瓦せんべいの発祥の地は「宗家」田村さんという方が「本家」である ここの瓦せんべいは硬いが讃岐和三盆を使用 味が深い 
同級生の昌宏くんは縁があって「宗家」とお知り合いになったとのこと これからはなるべく「宗家」の方を買わねばならない
なお 神戸にも亀井堂総本店というところが「元祖」を名乗り1873年から瓦せんべいを販売している 神戸の方が4年早いようである

琴電は100周年超の会社


琴電は2011(平成23)年に100周年を迎えた 明治44年に今橋と志度を結んだ志度線が運行を開始したのが始まり 今橋は私が高校まで住んでいた松島町の近くである そういえば今橋には車両基地がある 始発駅だったのか 知らなかった 当時は東讃電気鉄道という会社だった その後 高松電気軌道 琴平電鉄が出来て3つの会社が統合して高松琴平電気鉄道になった 昭和18年11月のことである
平成18年12月に民事再生法の申し立てをした 経営不振の原因は瓦町の大型商業施設であったとは しかしその後の経営努力は凄まじいものがある
今回は忙しい帰省であった 9時過ぎに琴電片原町駅から陶駅まで乗車した 帰りの切符が150円不足して車内で切符を買った 懐かしい乗車券である 片原町は高校時代と変わらなかった マルヨシセンターがあった 魚屋さんもあった ここから商店街を抜けて会社に向かう人が多くみられた
陶の駅からタクシーでお寺さんに向かう 初めて行くのでどんなところかと想像した 思ったより近く大きな立派なお寺さんだった 住職さんとの雑談で浄土真宗の歴史を教えて頂いた 山科本願寺 今の大阪城にあった石山本願寺 御堂筋の由来 今の西本願寺など興味あるお話だった なんと同級生の久ちゃんの菩提寺も同じお寺だったことが直前に分かった 奇遇である そこで久さんの話もしたら「ああそうですか 御縁がありますね」と話が弾んだ 久ちゃんの御家も我が家も先祖代々からの長いお付き合いだと教えて頂いた