2022年1月16日日曜日

今年は雪が多い年?


1月11日 久しぶりに鳥取県に行った 噂通りの雪 雪 雪 年末年始の雪が融けてない しかもその上にさらに雪が降る 牡丹雪はすぐに積もる 1時間に5センチくらいにすぐになる 大雪の時は前触れがある 雪起こしの雷だ これがあると要注意 雷が大雪を呼んでくる
雪国には主要幹線道路は真ん中に融雪装置がある そこから井戸水が噴水のように出てきて雪を融かす その他の道路はそういう装置がない 除雪しているが歩道に雪が高く積まれている 歩きにくい 車が水や雪をはねて洋服にかかる 最悪である 運転している人はいいが歩いている人には災難である

しかも凍り付いている 長くつでも滑る 滑らないように滑らないようにと思っていたら余計滑る 危ない 危ない 尻もちであればよいが頭を打つと危ない

1月5日から6日にかけて東京で10センチ 13日から14日には京都で8センチの積雪があった 太平洋側や京都などは冬用タイヤを履いてないから交通事故も多い 危ない 危ない 以前1分間で3件のスリップ事故に遭遇したことがある 歩道を歩いていたのであやうく巻き込まれることだった 坂道(下り)でのスピード 橋の上 凍っている この3条件が揃うとブレーキをかけると車も滑る スピンするというか車が回る 

はじめ 雪は風流だな と思っていた しかしあまり降ると風流を飛び越し危険になる 雪は凶器になることが分かった 雪は大嫌いだ  


2022年謹賀新年



今年のお正月は例年になく寒かったような気がする 年のせいなのか?と思ったが やはり寒気が昨年のクリスマスから年末年始にかけて日本列島におりてきていた ラニーニャ現象というらしい 日本海側の大雪には驚いた 特に鳥取県倉吉市は70センチの積雪があったという 38年ぶりとか
70センチの積雪とは 30センチくらいは経験がある 長くつは大体20センチから40センチくらいまであるので長いのを履けばなんとかなる しかし70センチは雪が入ってくるから厄介だ 塩化カルシウムを撒けばすぐとけるがどこにでもあるわけではない たいていは道路の凍結防止剤として要所におかれている 

今年の初日の出は厚い雲があって時間がかかった 今年の大阪の日の出は7時5分 しかし太陽が出てきたのは7時30分過ぎだった ななかな出てこなかったがようやく眩しい太陽が東の空から顔を出した 毎年大勢の人が初日の出を拝もうと公園の周りに集まる 遅くはなったが今年も拝めて皆さん満足していた なお1月2日は雲もなく時間通りに出てきた

高校時代に今はなき俊文くん(2000年12月に逝去)と屋島に初日の出を見に行ったことがある 「屋島を出(いず)る朝日影・・・」と校歌にもある屋島だ 高校生の時だから車はないのでケーブルカーか歩いて登ったと思う 談古嶺から五剣山の右を眺めるとご来光が拝める 今でも毎年1500名あまりが来ているという 私はその時が最初で最後だった 

初詣は近所の氏神さんの生根神社に参拝 愛犬と一緒だった おみくじは小吉 まあまあである 隣の住吉大社には昨年の1.8倍の人が詰めかけた しかし我が家の氏神さんは昨年並みだったような気がする 
阿倍野神社にも参拝 ここは家から一番近い神社 ここも愛犬と散歩がてらに出かけた にぎやかに飾り付けがされていた しかし人出は多くなかった
今年もコロナの感染で幕が開けた しかもオミクロン株という最強の感染力をもつ厄介な新型コロナである さてどうなるのかコロナ次第の時代になった

2021年12月13日月曜日

奈良公園の晩秋

 




奈良公園は東大寺 春日大社 興福寺 猿沢の池あたり一帯を指す 近鉄奈良駅を出ると若草山が見える 鹿のお出迎えもある 若草山は三つの山が重なっているように見えるので三笠山とも呼ばれる
奈良の名物はなんといっても鹿と大仏である 落語に鹿政談という噺がある マクラで奈良の名物として「大仏に 鹿の巻筆 霰(霰)酒 春日灯篭 町の早起き」ということが出てくる 最後の町の「早起き」は鹿と関係がある 鹿は朝が早い だから町の人も朝早く起きて鹿の動向をみる 万一家の前で鹿が死んでいたら大変なことになる 落語は豆腐屋の店先で鹿がおからを食べているのを主人が見て鹿を叩いた 鹿が死んだ そこで大騒ぎになるという噺だ お裁きが行われる 最後は犬と鹿を間違えたということになる 豆腐屋の主人に向って裁判長は「そちは豆腐屋じゃな きらずにやるぞ」豆腐屋「はいマメで帰ります」でオチになる きらずはおからのこと 豆は豆腐の原材料 桂米朝さんが演じると素晴らしい噺になる

いつもは東大寺の南大門から大仏殿 二月堂 若草山から春日大社に回る 今日は逆回りに挑戦 春日大社は768年藤原氏の氏神として祀られた 東大寺は752年に聖武天皇が建立 だからいずれも平城京の時代に出来たものだ 春日大社には数え切れなほどの灯篭がある これが節分とお盆には火が入るから壮観である 春日万灯篭という 春日大社を出るとすぐ若草山が迫ってくる 342メートル 全部芝 屋島より高い 1月には山焼きがある 隣の二月堂は3月1日からのお水取りで有名だ これが終わると春が来る 大仏殿 南大門を通って帰路につく
中学時代の修学旅行で東大寺のお坊さんがガイドをしてくれた 南大門は大した門ではありません 皆がキョトンとしていると お坊さん さあみんなでこの門のことをゆっくり言いましょう「なーんだーい もん」か でしょう「ふつうのもん」です。
鹿は餌を探しに寄ってくる 小学生の鹿せんべいに数頭が集まり争奪戦をくりひろげていた 小学生は「もうない」「もうない」と言って逃げ回っているのが面白い

2021年12月4日土曜日

奈良の紅葉も素晴らしい



奈良 平城京跡の近くに不退寺がある 平安京に遷都された後に譲位後の平城天皇の家を平城京跡の北東部に建てたのが萱葺の御殿 通称「萱の御所」と呼ばれている 天皇の子の阿保親王と孫の在原業平が受け継いだ 阿保親王の没後業平自身が聖観音像を造立し祀ったのが不退寺の創建 今はひっそりとして訪れる人も少ない ここは別名「業平寺」とも言われている 観音像は業平の作と伝えられる 業平の絵も所蔵されている 業平は歌人としても有名 なかでも法隆寺の近くに流れる龍田川の紅葉を詠んだ「ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」は超有名 落語にも出てくる噺だ                             

平城京ができたのは710年 「なんと」と覚える 元明天皇が律令制にもとづいた政治をおこなう中心地としてそれまでの都だった藤原京から遷都し新しい大規模な都をつくった 平城京のモデルとしたのはその頃もっとも文化の進んでいた唐(中国)の長安という都 しかし74年間だけでこの後長岡京に都を移した その後794年に平安京に「なくよ」と覚える
現在は敷地の中を近鉄電車が走っている 朱雀門と大極殿が新しく復元されている 近鉄電車の西大寺と新大宮の間だ 奈良と言えば東大寺や春日大社に目が行く 東に東大寺 西に西大寺があった 今は西大寺は東塔跡のみが残っている この平城京跡も良いところであるが見どころが少ないのが残念 法華寺 海龍王寺 不退寺くらいか ガイドブックを見ると航空自衛隊が北にある 幹部候補生が学んでいる 一度足を延ばしたいと思う 昔々はここから若草山 大仏殿が近くに見えていたと思う 眺めは抜群 もう一度訪ねたいところだ

2021年11月21日日曜日

京の紅葉狩り 西京区編



善峯寺は西国33か所第20番札所 1029年源算上人により開かれたお寺 江戸時代の綱吉の生母桂昌院がここで幼年期を過ごしたとある しかし本当に山深いところである 学生時代 ゼミの合宿でここを訪れたことがある こんなところだったとは全然覚えていない ただ奥にある三鈷寺から見た京都市内の風景は今でも覚えている ものすごい急坂を歩いていく紅葉で真っ赤に染まっている 山門の両側に紅葉が 見事である 昔の人はここに良く建てたなあと思う 境内には桂昌院ゆかりのものがたくさん置いてある 桂昌院の幼名はお玉 民間人が大奥に入って大出世 「玉の輿」は、お玉から始まったという 立派なお寺 紅葉も素晴らしい 大勢の方が来ていたのには驚いた

大原野神社は長岡京と関係がある神社であるとのこと 平安京の前の784年に創建 奈良の春日大社から勧請を受けため鹿が置かれている 狛犬の代わりに狛鹿があるのは珍しい 長い参道の両側には紅葉が美しい 今日は婚礼が3組 いやそれ以上あっかかもしれない 皆さんの笑顔が見られた

勝持寺は通称「花の寺」と呼ばれている 天台宗の古刹 679年に創建された 西行法師が出家した寺である 境内には西行桜がある それ以来「花の寺」と呼ばれている 大野原神社に隣接しており長い長い坂道の奥に静かに佇んでいる なかなか見ごたえのあるお寺です 

帰りに西山連峰を眺めた のどかな風景である 昔は京で大原と言えばこの地を指していた  長岡京も近い 良いところであると思う 初めて来たところなので新鮮であった



 

京の紅葉狩り 左京区編



 


叡電の一乗寺で下車 東に向かうと武蔵の「一乗下がり松」がある そこを過ぎて山に向かって歩くと詩仙堂がひっそり佇んでいる 隣はこれも武蔵とゆかりの八天神社 詩仙堂の門を潜ると紅葉が目に入ってくる 石川丈山の住まいであったので「丈山寺」とも呼ぶ 石川丈山は家康公に仕え大阪夏の陣以後徳川家を離れて59歳で詩仙堂を造営したとある 1642年のことである 詩仙の間から見る紅葉は素晴らしい 現在は曹洞宗大本山永平寺の末寺となっている

続いて圓光寺 ここは臨済宗南禅寺派の寺である いつもは拝観料が500円なのだがこの時期は倍となる 庭園が素晴らしい 枯山水 紅葉 枝垂れ桜 この時期は真っ赤に染めたお庭を皆さんが座って眺めている 竹林もある 木活字も有名であり展示されている

最後に曼殊院門跡 結構歩いて辿り着く 門跡というからここは皇室とゆかりのあるところでる 1656年に当地に移ってきた 修学院離宮と近いところを選んだようだ 江戸時代後期の代表的書院建築となっている 様式は桂離宮との関連が深い 皇室の関係とあって内部の写真撮影は禁止とある 庭というより、各部屋の障壁画 黄不動尊が有名である

修学院の駅まで歩く 約20分 途中にあるラーメン屋さんに入る 「すぐる」というお店 並んでいた 常連さんである 30分ほどして店にはいり塩ラーメンを注文 煮干しのようなスープで大きなチャーシューが2枚入っていた 関西ラーメンで準グランプリを取っただけのことはある 大変美味しかったです  ここ一乗寺・修学院は「一乗寺ラーメン街道」と呼ばれており京都随一のラーメン店激戦区であることを今日知った

ここまで来ると「もみじのトンネル」を見ないわけにはいかない 貴船から鞍馬まで電車に乗ってきた




センバツ 21世紀校に選ばれる


大学時代の親友から母校の市立高松第一高等学校が来年の選抜の21世紀枠に推薦されたとのニュースが入った ほんまかいな 準々決勝で負けたのに なんで と思った Yahoo!で新聞記事を検索 その理由が分かった 部員は13名 文武両道 ベスト8          調べると各都道府県から選ばれたチームの中からまず四国代表が選ばれる 次に西日本地区で選ばれる 東日本と西日本で各1校 次に全体から1校 合計3校がセンバツに出場できるとのこと

ネットで予想が出ているのをみると西日本は「本命」が大分舞鶴とある 母校のことは全然出て来ないから「穴」だろう 全体から1校に期待するしかない 同級生で香川の高校野球の監督をしていた哲さんがいる 彼に言わせると四国の中でも「借り貸し」があって強引に選んだ県は翌年遠慮するらしい 今はどうなのか 

中西太大先輩 近藤昭仁大先輩が出た高校というのは通用しないだろうと思うが 名門復活というところでなんとか出来ないか 高野連の会長は母校の細川校長先生である ラッキーといえばラッキー しかし逆にごり押しができない立場にある 

夏の甲子園の県予選は三本松に大敗 その後投手力・攻撃力を強化してなんと丸亀城西とか小豆島中央に連勝して大手前高松にコールド負け さあどんな結果が出るのか楽しみである 6年前にも四国代表に選ばれたが全国では選ばれず 今度こそである 吉報を期待したい