南禅寺の中を琵琶湖疎水が通っている このことは有名である どのように流れているか確かめに行った 蹴上の駅から南禅寺方面に歩くと「ねじりまんぼ」に出る なんだろう まんぼはトンネルのこと ねじりはねじれていること タイルがねじれて貼ってあるトンネルのことを「ねじりまんぼ」と呼んでいる このトンネルの上が「インクライン」でレールが敷いてある トンネルをくぐると南禅寺への近道 くぐって右に折れると疎水に出る 明治の初めに琵琶湖からの水をここに持ってきたのが東京の田邊氏 若き姿の銅像が立っている 疎水の近くまで歩いていくと南禅寺トンネルに出る このトンネルが哲学の道につながっている もともと管理用の水路だったのが整備されて哲学の道になっている
2022年4月12日火曜日
南禅寺水路閣を歩く
南禅寺の中を琵琶湖疎水が通っている このことは有名である どのように流れているか確かめに行った 蹴上の駅から南禅寺方面に歩くと「ねじりまんぼ」に出る なんだろう まんぼはトンネルのこと ねじりはねじれていること タイルがねじれて貼ってあるトンネルのことを「ねじりまんぼ」と呼んでいる このトンネルの上が「インクライン」でレールが敷いてある トンネルをくぐると南禅寺への近道 くぐって右に折れると疎水に出る 明治の初めに琵琶湖からの水をここに持ってきたのが東京の田邊氏 若き姿の銅像が立っている 疎水の近くまで歩いていくと南禅寺トンネルに出る このトンネルが哲学の道につながっている もともと管理用の水路だったのが整備されて哲学の道になっている
醍醐の花見
醍醐の花見で有名な醍醐寺 この日の翌日に「太閤さんの花見行列」があるということだったがもう自慢の桜は散りかけていた 一度このお寺には来たことがある だいぶ昔々のことである 交通の便が良くなり地下鉄の醍醐駅から徒歩で約8分 他には六地蔵駅からバスが出ているという 今回は京阪三条から地下鉄に乗った 乗った電車が浜大津駅行き この線は京都市地下鉄の東西線と京阪電鉄の京津線が走っているので間違いやすい 山科の手前の御陵で乗り換え醍醐に到着
2022年3月20日日曜日
印象派・光の系譜 展覧会
イスラエル博物館所蔵の作品が大阪にやってきた ゴッホ ルノワール ゴーガン モネなど初来日が多い 展示の中で6作品が撮影可というのも嬉しい
まずゴッホ「プロヴァンスの収穫期」 1888年の作品 南仏の麦畑を鮮明なタッチで描いている ゴッホにとって黄色は太陽の色 「ひまわり」も同じように黄色を使っている 浮世絵にあるような明るい色を求めてパリから南仏アルルにやってきたゴッホ 日本では7作もある「ひまわり」のひとつが東京にある 続いてルノワール「花瓶にいけられた薔薇」 ルノワールと言えば肖像画 もちろんこの会場にも3点が飾られていた ただ撮影は禁止 1880年頃の作品 印象派の中でも唯一労働者階級だったルノワール 楽しくなる絵しか描かないと幸福感に満ちた作品を描き続けたそうです
2022年3月14日月曜日
伏見の酒蔵を歩く
JRが発行する「駅からはじまるハイキング」というパンフがある 一度行きたいと思っていたので出掛けてみた 伏見桃山で下車したのは初めて 同じ伏見でも伏見稲荷大社は何度もお参りしたことがある 地図をみると結構伏見区も広い
2022年3月13日日曜日
食の宝島!小豆島を生んだアツーイ理由とは?
寒霞渓から見る景色は壮大だ 紅葉を見るだけでなく山の成り立ちを聞くと興味深い 中山千枚田も見事 ここでお米と小麦の二毛作 小麦は素麵の材料となる 手延べそうめん「島の光」は偽ブランド品が出るくらい有名である そしてこの素麺にごま油を入れている だからゴマ油の最大の生産地となっているという 他の三輪や播州の素麺は綿実油を使って麺を伸ばしているようだ 小豆島の素麺はそこが一味違う 島原の素麺がルーツと聞いたことがある
2022年2月26日土曜日
巨大な海城は町をどう発展させた?
2月26日(土)人気番組のブラタモリが高松にスポット 冬季オリンピックで放送がだいぶ遅くなった ロケは1月に行われたらしい ブラタモリの香川県でのロケは 金毘羅さん うどん県に続き3回目となる 3月12日には小豆島が放映される
今日のお題は海城が町をどう発展させたか?まず高松城からスタート 浅野アナは愛媛県生まれとかで高松には遊びに来たことがあるという この高松城 我々には玉藻城という方が馴染みがあるようだが仕方ない お城の中の水手御門 月見櫓こと着見櫓の紹介から 知らないことばかり 特に水手御門を開けると海につながる「マイ桟橋」になっているのは知らなかった 月見櫓も海上を行き交う舟を監視するところとか まさに海城(うみじろ)ならではの風景 また大きな天守閣は四国一の大きさだったとか はやく復元が待たれる 1588年に生駒親正が築城したお城は秀吉が命じたという 関ヶ原の戦いの8年前とか 瀬戸内海を往来する毛利や島津を見張っていたのか?
続いて立派なアーケードを通り大井戸に向う 南新町の商店街から少し東に入ったところに神社があった 全然知らなかった 井戸が掘られている この他に市内には3つの井戸があったようだが今はお城の中とここだけ この井戸から上水が配られていたという 玉川上水よりも20年前にあったという
この水のもとは香東川である それの名残が栗林公園にあるという タモリ一行はそこで川のような長い池を発見 もともと香東川は今は栗林の山の西側に流れていたが昔々は東側に流れていたという ただ洪水氾濫が多くお城にも影響が出るので付け替えたとのこと この池はその名残と言える タモリは栗林公園はきれいだ綺麗だと盛んに褒めていたのが嬉しかった 確かにそう思う 後楽園 兼六園 偕楽園も行ったがその通りである
最後に屋島に向う 屋嶋城(やしまのき)は古事記にも出てくるらしい これも海城である 高松市内が一望できるところに石が積まれている 復元中とのこと 南嶺にあるようだが我々の時代にはそんな話は全くなかった 歩いて登ったことは何回もあるが最近分かったことのようである
今回の放送は知らないことばかりだった 高松は海から見ればきれいな都市だ 空からも素晴らしい 故郷を離れて50年余り このような素晴らしい環境を子供たちにも伝えて誇りがもてる都市にして欲しい 巨大な海城が町の発展に尽くしたことも良く分かった 屋島の麓の町 今は古高松というところが栄えていたことも分かった 今回のタモリさんからのプレゼントは素晴らしいものだった なお このブラタモリシリーズ 高校の後輩が番組作りに協力しているという話が聞こえてきた
元離宮二条城は世界遺産
京都の世界文化遺産は16社寺1城の計17カ所 古都京都の世界遺産登録は1994(平成6)年にユネスコの世界文化遺産に登録された ほとんど社寺だがたったひとつお城がある この城が元離宮二条城である 実はここだけが行ったことがない 記憶がないのである どうしてだろう たぶん天守閣がないから興味なかったのだろう
1603(慶長8)年 家康が天皇の住む京都御所の守護と自らの上洛の際の宿泊所とするために築城 その後1867(慶応3)年に15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で大政奉還するまで約260年もの間 徳川家のお城であった その後は宮内庁が離宮として管理し本丸に桂宮の建物を移築した
立派な東大手門を入ると見事な唐門の奥に表書院が見える ここは国宝二の丸御殿である 面白い造りになっている 雁行である 奥へ奥へと導かれるようになっている 一番奥の白書院が将軍の居間と寝室 その手前の大広間で大政奉還が行われた 慶喜や家来の人形が置いてある 屋内の写真撮影はすべて禁止 立派な襖絵も全部本物ではなく複製品 がっかりした 国宝は収蔵館にしまってあるとか 狩野探幽の作品を見たかった ただし年4回240日に公開される なにしろ広いところなので警備の目も多い 本丸御殿・庭園は二の丸とつながっているのだがここも改修中とかで見ることが出来ない そこには5層の天守閣が建っていたが江戸時代に焼失
お城なんだがイメージとは異なる城郭建築である 南側には神泉苑もあり昔は加茂川もここを流れていたとか 今の堀川がその面影を残している ひろいひろい堀川通は加茂川だったと思う
今日の散策はこれも初めて行った壬生寺・新選組の屯所であった八木家 それに神泉苑を回った 壬生寺は壬生狂言でも有名 しかし今はお寺の経営だろうか社会福祉施設等が建っていて風情は全くなかった 狂言を行う建物も保育園と隣接してガッカリした 壬生寺のすぐ近くにある新選組の屯所は今はお菓子屋さんの保有 新選組は言わば京の治安を守る警察部隊の近藤勇 土方歳三 沖田総司 芹沢鴨らがここに住んでいた ここはずいぶん町はずれにあったと思うが当時はどうだったのだろうか この後人も増えたので西本願寺東北隅の太鼓番屋に移転している
世界遺産は次の通り 4月は醍醐の花見が楽しみである 予定しています 賀茂別雷神社(上賀茂神社)賀茂御祖神社(下鴨神社)教王護国寺(東寺)清水寺 延暦寺 醍醐寺 仁和寺 平等院 宇治上神社 高山寺 天龍寺 龍安寺 本願寺(西本願寺) 元離宮二条城 鹿苑寺(金閣寺)慈照寺(銀閣寺)西芳寺(苔寺)である